黒部峡谷の植生


上流の渓流付近では斜面からの崩壊土が堆積していて土壌が厚く、いつも水が供給され湿った状態となっています。土壌は排水の良い砂質土のため地下水がいつも流れており、無機塩や酸素にも恵まれています。

このような水気の多い谷底には、サワグルミやカエデ類が分布しています。水気を好むものとして他にスギがありますが植林されたものと自生するタテヤマスギがあります。

尾根や岩の露出した崖地にはツガ、クロベ、コメツガ、ヒメコマツなどの針葉樹が生育しています。このような場所は土壌の養分が少ないうえ、乾燥するのでブナやミズナラといった落葉樹は生育できません。

亜高山帯の斜面は雪崩がよくおきるので本来の高木針葉樹とはならず、低木のダケカンバ、やミヤマハンノキが生育します。

峡谷の尾根部分は、高山植物の宝庫となっており、立山連峰側では雪解け後に乾燥する雪田跡の凸地にアオノツガザクラが生育し、チングルマも伴って生えています。後立山連峰側では砂礫地にコマクサが群落をつくっています。



日本に分布する自然林を網羅する峡谷

黒部川は日本列島の中部にあって、標高3,000m級の高山が連立する北アルプスを縦列して全長86km、流域面積682kuの水を集め日本海に注いでいます。この地域に展開する森林植生は、暖温帯性針葉樹林、冷温帯性落葉広葉樹林、亜高山帯性針葉樹林、高山性針葉樹林が比較的狭い地域に圧縮されているので、日本の森林帯の垂直分布の変化が容易に見る事ができ、しかも自然林の様相がよく保存されています。


非対称をなす峡谷両岸の植生

植物の立場から黒部峡谷を眺めると、黒部峡谷によって分断された立山連峰と後立山連峰との峡谷斜面の植生は、黒部峡谷を境に非対称をなし、黒部峡谷左岸立山連峰側では、山頂よりアオノツガザクラ帯、ミヤマハンノキ帯、下流ではブナ帯、上流域ではダケカンバ帯となっているのに対して右岸の後立山連峰側では、山頂よりコマクサ帯、オオシラビソ帯、ネズコ帯、下流域ではブナ帯からできています。このような群落の違いを作った大きな原因として、まず積雪量の多少と融雪期の長短による相違をあげることが出来ます。日本海から運ばれてきた多量の雪は、立山連峰の後にあたる黒部峡谷側に大きく溜まるので、立山、薬師岳周辺の黒部峡谷側には氷河でえぐられたカール(圏谷)がたくさんできています。

また植物においても積雪の重みで折れない、しかも長い雪の期間でも生き耐えることが出来るアオノツガザクラ、ヤマハンノキ、ダケカンバ等の植物が特徴のある群落になっています。これに対して、右岸の後立山連峰では、冬期には強い寒風に吹きさらされるため、それに耐えるオオシラビソ、ネズコ、ツガ等の常緑針葉樹林が山腹に群生しています。その山稜には、コマクサ、ウルップソウ、ユキワリシオガマ、オヤマノエンドウ、タイツリオウギのように寒地砂礫原に生える植物郡が分布します。



峡谷部の植物の特徴「ツガトコメツガ」

ツガが発見されるまで、ツガをコメツガと見間違いしていました。ツガとコメツガは大変よく似ていて、区別が難しい。葉の大きさやつき方で区別が出来ますが、なれないと無理です。普通は枝に短い毛があるかないかで区別します。毛のあるほうがコメツガです。ところが、毛は枝が若いときにあり、少し古くなるとなくなります。

こうした区別の難しさと、黒部峡谷の環境の厳しさという先入観も手伝って、黒部峡谷のツガ林は、みなコメツガだとされていました。そして、黒部峡谷の気候は厳しいから、亜寒帯性のコメツガが標高の低い黒薙まで下りてきているとされていました。

近年ツガ林の発見により、黒部峡谷の気候についての考え方が変わりました。黒部峡谷は意外と温かいのでしょうか。ツガは平均12度から18度のところに分布すると言われています。黒薙の平均気温は8.6度でツガの生育気温ではありません。富山や愛本は13度以上あるので、ツガが生育しても良いはずですが、ツガは見られません。



黒部峡谷の植生概略図