| 黒部通信 VOL.9 |
| 十二貫野用水の歴史を訪ねて (宇奈月谷〜尾の沼谷まで) (2001年4月17日:晴) |
| 宇奈月温泉から黒部川の3km上流に尾の沼谷がある。夏でも上流には雪渓があり、1年中清流が走る水量豊かな谷である。 1836年(天保7年)天保の飢饉を受けて、黒部川左岸の十二貫野(十二貫野の由来は集落が十二あったことから来ている)と呼ばれている荒れ果てた扇状地を灌漑する計画がなされた。尾野沼を取水口とする十二貫野用水計画である。 1937年、加賀藩裁許役の椎名道三が用水調査を命ぜられ、翌年工事が着工された。工事は、黒部川左岸の尾沼谷、宇奈月谷、分銅谷から取水し、延々30km余りの用水路を作って配水するという非常に大掛かりで、困難なものであった。 当時は現在のような測量機器が無く、カンテラの灯りを基に高低を測り、山腹を削り用水や随道を確保するものであった。1940年に完成する。 黒部川には幾つもの谷がある。谷を横断する所には伏せ越し(逆サイホン)用の 石管が設置されていた。なんとサイホンによる導水である。これと同様の石管が金沢城の堀を満す辰巳用水にも使用され、加賀藩の土木技術の水準の高さが伺える。昭和46年にヒューム管に交換された。
十二貫用水の保守には莫大な経費がかかる。山腹を切り開いて造られた用水が雪崩で壊滅状態になったり、谷の鉄砲水の出水によって決壊したり等の想像を絶する被害が多い。その為現在は尾野沼から隋道が作られ、一直線で宇奈月谷に至っている。従って旧の用水に沿って宇奈月谷から尾野沼谷まで歩く事が出来る。途中2箇所ほど抜けているが、注意して歩けば克服できるコースである。近い将来宇奈月ダム湖等の自然の魅力が充分満喫できるトレッキングコースとして整備される事になっている。。 今回は雪解けの最中に行く。宇奈月谷から尾野沼谷まで約1時間のトレッキングコースである。途中黒又谷等にスノーブリッジが架かっているので注意が必要である。4月の下旬あたりだと安全にわたれると思う。 断崖絶壁を縫うようにして作られた用水。その縁に設けられた保守点検用の小道。まさに下の廊下・水平歩道を歩いているような気がしてくる。地元の人達の山菜採取の隠れたコースであり、カモシカや猿に確実に出会えるコースでもある。 宇奈月からの入り口は、宇奈月スキー場のヒュッテの真下に位置する旧用水の点検道である。左手に杉木立越しの黒部峡谷鉄道の駅を見下ろしながらの出発である。 20分ぐらい歩くと宇奈月ダムの堰堤が真下に見える。建設当時の展望台がそのまま残してあり、眺めは絶景である。休憩を取るのに丁度いいところである。
宇奈月ダムを左手直下に眺めながら10分程行くと栃の森がある。現在東斜面の4本の大木は県指定天然記念物に指定され、大原台の稜線から河原に至るまで大木が鬱蒼と生い茂っている。江戸時代には飢饉の際の食糧とした。大木の根元にはアズマイチゲやエゾエンゴサクの可憐な花が咲いている。雪笹やアマドコロなどの百合科の植物はやっと芽吹きしたところである。カモシカに出会う。カモシカは近眼なのでおとなしい。ただ逃げる時に落石が伴うので、上にいるときは要注意である。特別に保護されているので毎年増えつづけている。
左手直下には蒼い水を満々と湛えた宇奈月ダム湖が落葉樹の木々の間から望む事が出来る。温泉街の近くにこんなに自然が残っているのかと思うと、一種の感動を覚える。曲がりくねった用水跡地を上ると急に開け急流の音がする。尾の沼谷である。ここにはかつて黒部川の何処にでも見られた巨岩がゴロゴロしている。そこには失われた黒部を見る思いがする。4月の初め。谷はまだ部厚い雪渓に覆われている。谷から吹き降りる風は冷たく感じ、瞬く間にガスで視界が効かなくなる。黒部の谷の春はまだ遠い。
尾野沼からは、ダム湖沿いに舗装された管理道を歩き、途中から旧黒部峡谷鉄道の随道に入り、歩行者専用の山彦鉄橋をわたりトロッコ電車の宇奈月駅に到達する。この間約40分である。宇奈月の自然再発見の至福の時であった。 |
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宇奈月ナチュラリスト会員 延楽・専務 濱田政利 壁紙:キクザキイチゲ(旧用水地で撮影) |
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毎週日曜日、宇奈月ダムまでのダムウォークを実施しています。 解説は宇奈月ナチュラリスト研究会の会員です。 お問い合わせは、宇奈月グランドホテル(狐塚・専務)まで。 TEL:(0765)62−1111 黒部の魅力を黒部通信で発信します。 黒部通信INDEX TOPへ |