紅花栄(べにばなさかう)

<田植の準備ができた黒部川扇状地>

5月26日から七十二候は「紅花栄(べにばなさかう)」で二十四節気「小満」の次候にあたります。紅花が色付き黄橙色から艶やかな紅色へと変わる頃です。

小満は、陽気盛んにして万物ようやく長じて保つという事なので、草木には一段と生気がみなぎり、万物が次第に色味を増してきます。特に紅花の濃厚な色合いは夏らしさを感じさせます。この時期の天候も色で表現されます。やや強い南風は青嵐、雨は翠雨、緑雨、青雨と森羅万象すべて緑緑で、その濃淡のグラデーションを楽しませてくれる季節でもあります。

蚕起食桑(かいこおきてくわをはむ)

<相倉集落・田植えで忙しくなる頃>

5月21日から二十四節気は「小満」に入ります。小満とは陽気盛んにして万物の生長する気が天地に満ち始める頃で、立夏から数えて15日目となります。七十二侯は「蚕起食桑(かいこおきてくわをはむ)」で二十四節気「小満」の初侯になります。蚕が桑の葉を盛んに食べて成長する頃という意味です。

越中五箇山では古くから養蚕が盛んで、合掌造りの家屋の内部は養蚕の為の様々な工夫がなされています。茅葺の建物が田圃の水面に映り込む頃でもあります。日一日と夏めき、麦の収穫や田植えの準備で農家は忙しくなります。この時期に吹く少し強い南風を青嵐(あおあらし)と呼び、雨を翠雨、緑雨、青雨など天候を色で表わすくらいに森羅万象は色付いてきます。

この季節は異常乾燥に見舞われる頃でもあります。昭和21年5月21日、宇奈月温泉街の建設会社の作業所付近から出火し、折しもフェーン現象による強風で火が瞬く間に八方に飛ばされ、温泉街のほとんどを焼失するという大火災が起きました。そこから復興して今日の宇奈月温泉があります。それ以来5月21日は、「宇奈月温泉大火記念日」として消防訓練が行われ、宇奈月神社では火鎮祭が行われます。

竹笋生(たけのこしょうず)

<大原台自然公園に建立された観音像>

5月15日から七十二侯は「竹笋生(たけのこしょうず)」で、二十四節気「立夏」の末侯になります。竹笋(たけのこ)が地表に顔を出す頃という意味です。

竹笋は、筍の異体字です。食材の筍の収穫期間は、孟宗竹が3月から4月で真竹は5月から6月にかけて。今の時期に収穫できる筍は、根曲竹(ねまがりだけ)で宇奈月の深山の広葉樹林や、沢地などに大きい集団を作って群生します。宇奈月では筍と言うよりは山菜の感覚でとらえています。正式には千島笹の筍で、北海道から山陰までの日本海側で雪深いところに分布し、雪の重みで根本が曲がっていることが和名の由来となっています。

毎年5月18日は、宇奈月平和の像(観音像)の観音祭で大原台にて法要が営まれます。こちらの周辺でも根曲竹の分布が見られます。今年は積雪が少ないため、アクセス道路の除雪も終わり予定通り式典が挙行されます。

平和観音像は、宇奈月町出身の彫刻家・佐々木大樹氏の作品「観音像」を基に、ご子息の日出雄さんと弟子により造られました。台座を含めると21mの高さがあり、宇奈月温泉街が一望できる大原台自然公園(標高566.8m)に建立されています。日本一高いところにあるブロンズ像で、高岡の鋳物技術が活かされています。

この像に入魂した名僧は、臨済宗の名刹国泰寺(高岡市西田)の管長・稲葉心田氏です。国泰寺は、黒部川の電源開発を提唱した科学者・高峰譲吉(高岡出身)の高峰家の菩提寺です。明治の廃仏毀釈で荒れ果てた国泰寺を復興させたのが山岡鉄舟です。若き日の西田幾多郎や鈴木大拙等が参禅した禅寺でもあります。お寺のある西田地区は、上質な筍(孟宗竹)の産地であり、手入れの行き届いた竹藪が連なっています。高峰譲吉と宇奈月温泉には不思議なご縁が感じられます。

蚯蚓出(みみずいずる)

<宇奈月温泉周辺の新緑を作り出すカエデ属>

5月10日から七十二侯は、「蚯蚓出(みみずいずる)」で二十四節気「立夏」の次侯となります。夏に向うにつれ、土の中から蚯蚓(ミミズ)が這い出してくる頃と言う意味です。

今まで冷気を含んでいた朝の川風は、立夏に入ると爽やかな風になり、宇奈月は今まさに残雪と新緑が美しい季節本番となりました。春の陽射しは少しずつ力を増し、萌葱色の草木も日一日と緑が濃くなったきます。

黒部峡谷の柔らかな新緑を作り出すのは、ブナ科やムクロジ科の落葉高木です。特にムクロジ科のカエデ属のハウチワカエデ、イタヤカエデ、ウリハダカエデの新緑は美しく、秋には紅葉も見事です。

蛙始鳴(かわずはじめてなく)

<新緑の黒部峡谷>

5月5日から二十四節気は「立夏」に入り、暦の上では夏となります。早朝の宇奈月温泉に吹く川風は、少し冷たさを含んでいます。雪を纏った山々と麓の新緑が最も美しい季節となりました。これから柔らかな春の陽射しが少しずつ力強くなり、夏へと向います。

七十二侯は「蛙始鳴(かわずはじめなく)」で、二十四節気「立夏」の初侯にあたります。田圃でカエルが鳴き始める頃という意味です。雪解け水が流れる黒部川の浅瀬からは時折、河鹿の鳴き声が瀬音とともに心地よく伝わるようになりました。まさしく初夏の気配です。河鹿は、清流が流れる石と石の間を住処にしている蛙です。高く澄んだ鳴き声が鹿に似ているところから、河鹿と呼ばれるようになりました。

黒部峡谷鉄道は、黒部の山々の残雪と柔らかな新緑の彩を愛でながら、深く切り立った黒部峡谷に沿って走ります。生命の息吹が感じられる新緑で心身ともに癒され、森羅万象、緑、緑の世界が味わえます。

牡丹華(ぼたんはなさく)

<牡丹:松尾敏男>

4月30日から七十二侯は「牡丹華(ぼたんはなさく)」で二十四節気「穀雨」の末侯となります。百花の王である牡丹が大輪の花を咲かせる頃という意味です。牡丹は、俳句では夏の季語で、春の終わりを惜しむように咲き、夏への橋渡しをしてくれます。宇奈月温泉は牡丹の開花にはまだ少し早いようです。

延楽は日本画壇の先生達がよく逗留される宿でした。日本美術院の堅山南風先生も常連で、そのお弟子さん達の作品も多く残っています。とりわけ松尾敏男画伯の「牡丹」は気品があり展示すると周りが華やかになります。本日からロビーに展示されます。

宇奈月温泉は山から吹き下ろす朝風は、まだ肌寒く雪が残った山肌と麓の新緑が、目に優しいコントラストを作り出します。雪が消えた原野には片栗(カタクリ)や黄華鬘(キケマン)の群生が現れ、春の陽光を浴びて一斉に花開します。時折、鶯の鳴き声が心地よく響きます。5月2日は、立春から数えて88日目となります。「夏も近づく八十八夜」です、夏がすぐそこまでやってきています。

霜止出苗(しもやみてなえいずる)

<雪を纏った後立山連峰>

4月25日から七十二侯は「霜止出苗(しもやみてなえいずる)」で、二十四気「穀雨」の次侯となります。朝晩の厳しい冷え込みは緩み、霜が降りなくなる頃という意味です。農家では田植えの準備に取りかかり、田圃に水を張ります。満面の水面には、雪を纏った後立山連峰(白馬連山)の山々と新緑の里山が美しく映り込み、山居村の屋敷は浮城のように見えます。名水の里、黒部川扇状地の風景が最も煌く頃となります。

黒部川扇状地は、愛本橋付近を扇頂として扇角約60度で富山湾に至る日本で一番美しい扇形の平野です。扇頂から河口まで約13km、面積は96k㎡で、氾濫の積み重ねによって形成されました。黒部川は、かつては扇状地で複雑な流路を作り、その網目状のような川の流れから黒部四十八ケ瀬あるいはイロハ川とも呼ばれていました。昭和12年に国が黒部川の改修計画を直轄事業としてから順次整備が進み、今では大型の堅固な堤防によって川幅の広い河道になりました。

上空から見ると、その中を黒部川が蛇行を繰り返しながら富山湾にそそいでいるのがよくわかります。下流域では湧水箇所が多く、黒部川扇状地湧水群と呼ばれていて人々に様々な恩恵を与えています。黒部が名水の里と呼ばれる所以です。

葭始生(あしはじめてしょうず)

<新緑に映える黒薙・後曳鉄橋>

4月20日から二十四節気は「穀雨」となります。春は、二十四節気の「立春」に始まり「穀雨」で終わりを告げます。「穀雨」は、春雨が百穀を潤す事から名付けられ、種まきや田植えの準備の目安となります。変わりやすい春の天気もこの頃から安定し、日差しも徐々に強まります。

七十二侯は「葭始生(あしはじめてしょうず)」で「穀雨」の初侯となります。水辺の葭が、芽吹き始める頃という意味です。黒部峡谷は、萌黄色に染まり黒部奥山ではブナの峰走りが現れる頃となります。

冬期間運休していた黒部峡谷鉄道は、4月20日より宇奈月・笹平(7km)間で部分運転が始まります。例年より積雪が少ないので、早めの部分開通となります。未開通区間は除雪作業と浮石の除去が進められています。深いV字峡谷を刻んで流れる黒部川は、山々の雪解けが進み、水量を増しながら激流となって富山湾へと流れていきます。黒部の峡谷に吹く風はまだ冷たく、時折山桜の花びらを運んできます。森羅万象の緑は、訪れる人々の心を癒してくれます。

虹始見(にじはじめてあらわる)

<過去の雪の大谷>

4月15日から七十二侯は「虹始見(にじはじめてあらわる)」で、二十四節気「清明」の末侯となります。萌える山野を背景に驟雨一過、虹が出始める頃という意味です。春の虹は、夏の虹に比べると幻想的で、淡くたちまち消えてなくなります。

立山黒部アルペンルートは、4月15日に全線開通となります。一番のハイライトは雪の大谷で、例年雪壁は高い所で18mに達します。今年は積雪が少ないため高さが16mと若干低くなっています。アジアでは人気のコースなので、コロナ制限が緩和された今年は海外からのお客様が多くなりそうです。

立山黒部アルペンルートは、富山県立山町の立山駅と長野県大町市の扇沢駅とを結ぶ交通路で、総延長37.2kmの国際的にも大規模な山岳観光ルートです。ほんどが中部山岳国立公園内で、 雪に覆われた北アルプスの名座は白く神々しく輝いています。

これと並行する新たな観光ルート、「黒部宇奈月キャニオンルート」が来年いよいよ一般開放されます。山岳観光に新たな魅力と、コースの選択肢が加わります。

鴻雁北(こうがんかえる)

<朝日町舟川べりの桜並木>

4月10日から七十二侯は「鴻雁北(こうがんかえる)」で、二十四節気「清明」の次侯となります。日本で冬を過ごした雁は、列をなして北へと帰って行く頃です。雁が越冬のため日本へやってくるのは、七十二候の「鴻雁来(こうがんきたる)」の頃で、二十四節気「寒露」の初侯にあたります。すなわち10月8日前後で、それから半年間、日本で越冬します。

二十四節気「清明」を迎えると空が明るく澄んで草木が芽生え、雪国の桜は満開となります。富山県朝日町の舟川べりの桜並木は、雪を纏った後立山連峰を背景に美しい輝きを見せてくれます。冷たい川風と雪解け水が流れる舟川が、桜の花で覆われる早春のひと時です。今年は、桜の開花が10日ほど早く4月6日からすでに散り始め、桜吹雪も終わりました。桜が散ると田圃に水が張られ、田植えの準備が始まります。