菜虫化蝶(なむし、ちょうとなる)

<画像:早春の黒部平野>

3月16日から七十二侯は、「菜虫化蝶(なむし、ちょうとなる)」で二十四節気は啓蟄の末侯にあたる。厳しい冬を越したサナギが蝶に羽化する頃という意味。

「菜虫」とはアブラナ科の野菜類を食べる昆虫の総称。特に紋白蝶の幼虫の青虫をさす。菜の花が畑一面に咲き乱れ、羽化した紋白蝶が飛び始める頃となる。ところが宇奈月温泉では、夜半の雪で山々が雪化粧する日が続く。黒部川下流の黒部平野では雪がほとんど消え春めいて、雲雀のさえずりが確認できた。

桃始笑(もも はじめてさく)

<花桃の小径>

3月11日から七十二侯は「桃始笑(もも はじめてさく)」で二十四節気の「啓蟄」の次侯にあたる。桃の蕾はふくらみ花が咲き始める頃という意味。

黒部川の水力にいち早く目をつけたのは福沢桃介である。そして明治40年(1907年)日清紡績株式会社を起こす。翌年に東京下亀戸に第一工場を建て、続いて黒部川の水力電気を利用して黒部川下流域の入善町に第二工場を建てようという目論見をもって、明治42年(1909年)に黒部川に訪れている。その後実地調査も行われ、明治43年5月に工場誘致に関する合意の調印式が東京事務所で行われたが、経営をめぐって他の役員と対立し役員を辞任する。それをもとに入善工場の計画も消えた。後に大阪送電、大同電力の社長となって木曽川水系の電源開発を始める。桃介は、1922年に木曽川に建設した須原発電所に、ドイツから持ち帰った桃の木を植樹する。その桃の木は1本の木に3色の花を咲かせる3色桃である。現在、黒部川水系、木曽川水系は関西電力が開発管理している。

2年前の「黒部川開発100年」の記念植樹に三色桃を宇奈月温泉の八太蔵発電所跡に、100本植樹した。開花予測は、4月末である。ちなみに日清紡績のマークは桃である。

蟄虫啓戸(すごもりのむし とをひらく)

<桃形向付・仁清色絵桃絵>

3月6日から二十四節気は「啓蟄」となる。土の中で冬ごもりしていた生き物たちが、穴を啓いて地上へと這い出してくる頃という意味。七十二侯は「蟄虫啓戸(すごもりのむし とをひらく)」で二十四節気「啓蟄」の初侯にあたる。

「啓」は開くで「蟄」は虫の冬ごもりのことである。冬眠していた生き物が春の日差しを求めて土から出てくる頃と言う意味である。「啓蟄」と「蟄虫啓戸」は同じ意味である。3月3日は桃の節句で古来中国では3月最初の巳の日に行われていたので、「上巳の節句」と呼ばれている。縁起のいい奇数が重なる「五節句」の一つである。料理の中に節句の彩が取り入れてあるので目でも楽しめる。

草木萌動(そうもく、めばえいずる)

<ホタルイカの釜揚げ>

3月1日から七十二侯は「草木萌動(そうもく、めばえいずる)」で二十四節気の「雨水」の末侯にあたる。柔らかな春の陽射しを受け、潤った土や木々から萌葱色の新芽が芽吹く頃という意味。

3月1日から富山湾ではホタルイカ漁の解禁となる。ホタルイカは、昼は深い海底に潜み、深夜から明け方にかけて浅いところへと移動して産卵する。その習性をとらえて行われるのが、富山湾の春の風物詩「ホタルイカ漁」である。ホタルイカが放つ独特の青白い光は幻想的で、まさに富山湾の神秘である。ほのかな甘みのお造りは絶品で、地酒とよく合う。熱々のホタルイカの釜揚は、オレンジ色の内臓もたっぷりと味わえて、これがまた地酒によくあう。