鶏始乳(にわとりはじめてとやにつく)

<小泉智英:春きざし>

1月30日から七十二侯は、「鶏始乳(にわとりはじめてとやにつく)」で二十四節気「大寒」の末侯。鶏が春の気を感じ、卵を産み始める頃という意味です。

「大寒」は、冬の最後の節気であり一年で最も寒い時期です。厳しい寒さは、まだまだ続きますが太陽は少しずつ力強さを増しています。生き物たちは敏感に春の気配を感じ、目覚めの準備をしています。この頃、梅の名所から白梅紅梅の開花状況が届くようになります。宇奈月は未だ蕾硬し。

ロビー階の一角に梅を題材にした絵画を展示しています。小泉智英の「春きざし」で静寂な竹林を背景に、古木から延びる梅ヶ枝を捉えています。氏は福島県小川町の出身で、身近にある風景を独特の視線や緻密な筆遣いで、精神性の高い作品に仕上げています。自然が生み出す四季折々の風情を、凛と張り詰めた空間の中に表現しています。

ギャラリーでは安田靫彦「春到」、横山大観「旭日」、小林古径「竹林」等も展示しています。

水沢腹堅(さわみずこおりつめる)

<冷たさを増す黒部川>

1月25日から七十二侯は、「水沢腹堅(さわみずこおりつめる)」で二十四節気「大寒」の次侯となります。沢に氷が厚く張りつめるほど寒い頃と言う意味です。水はいよいよ冷たさを増し、1年の内で最も寒い時期となります。この頃は大陸からの強い寒気が入りやすく、記録的な大雪や最低気温をもたらします。

寒の内に汲んだ水は、「寒の水」と呼ばれ細菌が少ないのでお酒を仕込むのには最適です。寒仕込みの酒は、きめ細やかですっきりとした味わいに仕上がります。大吟醸はこの時期を選んで仕込まれ、3か月を経て出荷されます。日本酒の仕込みが、最盛期を迎える時期となります。

この時期は、厳しい寒さの中にも太陽は少しづつ力強さを増し、三寒四温を繰り返しながら季節は確実に春に向かっていきます。生き物たちは敏感に春の気配を感じ取り、目覚めの準備を始めています。

款冬華(ふきのはなさく)

<蕗の薹>

1月20日から二十四節気は、冬の最後の節気「大寒」に入ります。一年で最も寒い時期で、最低気温を観測するのはこの頃です。寒の内に汲んだ水は、寒の水と呼ばれ雑菌が少ないので、酒、味噌、醤油などの発酵食品を仕込むのに適しています。寒仕込みです。寒さは一段と厳しくなる一方、太陽の光は少しずつ力強さを増してきています。

七十二侯は、「款冬華(ふきのはなさく)」で二十四節気「大寒」の初侯となります。款冬(かんとう)とは蕗のことです。黒部川扇状地の土手では蕗の薹が顔を出すています。雪下の蕗の薹は、苦みが少なく蕗味噌や天婦羅で早春の香りを味わえます。

一方、富山湾では雌の香箱蟹が1月10日から資源保護のため禁漁となりましたが、雄の津合蟹漁は最盛期を迎えています。浅瀬から深海に至るまで多種多様な魚が生息する富山湾。天然の生簀と呼ばれる所以です。宇奈月温泉は、湯量豊富な温泉と山の幸と海の幸に恵まれた絶好の場所です。

雉始雊(きじはじめてなく)

<雪に覆われた黒部川扇状地>

1月15日から七十二侯は「雉始雊(きじはじめてなく)」で、二十四節気「小寒」の末侯となります。雉子の求愛が始まる頃という意味です。

雉の雄は、雌を呼び込むために甲高い声で鳴きます。黒部川下流の黒部川扇状地では、雉の求愛行動が活発化する時期ですが、大地が雪に覆われているので、まだ先の話です。今日は延楽の松の内の終わりで、松飾りを取り外し左義長で見送ります。

左義長は、毎年2月の第一土曜日に開催される「宇奈月温泉雪カーニバル」に合わせて、宇奈月公園で行われます。左義長に点火されると、炎が夜空に勢いよく舞い上がり、歳神様もその炎に乗って天に帰るとされています。竹の炸裂音から、地域によっては、どんど焼きともいいます。併せて雪上花火が打ち上げられるので、凄まじい炸裂音が宇奈月温泉に響き渡ります。早くコロナ感染拡大が終息することを願っています。

水泉動(しみずあたたかをふくむ)

<水鳥が飛来する黒部川>

1月10日から七十二侯は、「水泉動(しみずあたたかをふくむ)」で、二十四節気「小寒」の次侯となります。冬至から甦った陽光によって、地面が少しづつ温められます。「水泉」とは、湧き出でる泉の意味で、地中で凍っていた泉水が、ゆるやかながら動きだす頃と言う意味です。

出典の中国の宣明暦では「鵲始巣」で、鵲(かささぎ)が巣を作り始める頃という意味です。宣明暦は、平安時代初期に中国から入ってきた暦で、唐の徐昴によって作られました。その後、江戸時代に大統歴、貞享歴と変わり、1754(宝暦4)年、渋川春海によって日本初の宝暦歴に改められました。併せて七十二候も日本の気候風土に合うように改定されました。

11日は、鏡開きで、所によっては15日の処もあります。鏡餅の割れが多いとその年は豊作になると言われています。小寒に入ると雪の降る日が続き、その合間に穏やかな日があります。眼下に流れる黒部川では水鳥が水の流れに乗って移動していくのが観察できます。本格的な寒さは、これからです。

芹乃榮(せりすなわちさかう)

<正月飾り>

1月6日から二十四節気は「小寒」に入ります。小寒から節分までの「寒の内」の始まりなので「寒の入り」といいます。節分の翌日は立春で「寒の明け」を迎えます。それまでは厳しい寒さが続き、「小寒の氷、大寒に溶く」と言う故事がある位に、寒さは一段と厳しくなります。7日には松飾を外し、15日の小正月には鏡開きと新年の行事が続きます。酒造会社では、新酒の仕込みの時期を迎えます。

七十二侯は、「芹乃榮(せり、すなわちさかう)」で二十四節気「小寒」の初侯になります。厳しい寒さが続きますが田んぼや水辺では、芹が生え始める頃という意味です。芹は春の七草の一つで、正月7日に七草粥を食べると一年の邪気を祓うとされます。

玄関の正月飾りは、地酒の菰樽に鏡餅を飾りその上に伊勢海老を戴くという創業時からの形です。昨年の暮れにロビーの絨毯を張り替えたので、より神聖に感じられます。歳神様をお迎えする際の、目印となる特大の門松も飾られます。

新春の延楽ギャラリーは、横山大観「旭日」、安田靫彦「春刻」、小林古径「竹林」が展示してあります。これからも受け継がれるお正月の室礼です。 本年は新設されたアートサロン清渓で「川合玉堂と児玉希望展」と「永楽妙全のうつわ展」を開催しております。

雪下出麦(ゆきわたりてむぎのびる)

<大きな門松>

1月1日から七十二侯は「雪下出麦(ゆきわたりてむぎのびる)」で、二十四節気「冬至」の末侯となります。降り積もった雪の下で麦が芽を出し始める頃という意味です。

正月は、歳神をお迎えしてもてなし、お見送りする行事でもあります。門松は、歳神様が降りてくる際の目印となるので、太くて長い竹と大松で大きく飾り付けをします。祀る期間は「松の内」で1月1日から1月7日までとなります。

宇奈月温泉では初詣は、地元の宇奈月神社でおこないます。延楽から徒歩で6分、セレネ美術館の隣に位置します。昭和2年の創建で、地元の有志と黒部川電源開発を手がけていた日本電力株式会社(大正8年大阪で創業)の支援によって建立されました。ご祭神は、天照大神、大山祇神、大山久比神です。山の開発には大山祇神は欠かせません。手水鉢は、黒部川支流の尾の沼谷で産出した緑色の巨岩をくり貫いたものです。そこに注がれる水は黒部の名水で、まことに甘露です。

延楽美術館・アートサロン清渓がオープンしました。1月1日~1月4日までバイオリン二重奏が演奏されます。夜は名画をバックに、朝は黒部の自然をバックに演奏します。延楽美術館では「川合玉堂と児玉希望展」と「永楽妙全のうつわ展」を開催しています。

本年、宇奈月温泉は開湯100周年を迎えます。大正12年に黒薙温泉から宇奈月の地に赤松をくりぬいた木管で引湯されました。この事業の指揮を執ったのが日本電力の山田胖でした。4月から1年間、様々な百周年事業が展開されます。

麋角解(さわしかのつのおつる)

<ひっそりと静まり返った、うなづき湖>

12月27日から七十二侯は「麋角解(さわしかのつのおつる)」で、二十四節気「冬至」の次侯となります。牡鹿は、繁殖期が過ぎると角が根元から抜け落ち春になると新しい角が生え代わります。麋(さわしか)の角が抜ける頃という意味です。

麋(さわしか)とはオオジカのことで、かつて中国に生息していた麋鹿(びろく)とも言われています。別名「四不像」とも呼ばれ、中国の「蹄は牛に似て牛にあらず、頭は馬に似て馬にあらず、角は鹿に似て鹿にあらず、身は驢馬に似て驢馬にあらず」という伝承からきています。

宇奈月温泉周辺ではカモシカの生息数が年々増えています。冬は冬眠せずに餌を求めて、自分の縄張り内をゆっくりと移動します。樹木の葉が落ちて、山の斜面が雪で覆われた今頃が一番見つけやすくなります。温泉街から徒歩30分程で「うなづき湖」に至ります。雪を纏った黒部の山々が、湖面に写り込む美しい湖です。2001年竣工の宇奈月ダムによってできた山あいの人造湖です。湖畔の雪の斜面を、カモシカが移動するのがよく観察できるポイントでもあり、野生の猿もよく観察できる所です。赤い湖面橋が周りの自然に溶け込んで、宇奈月温泉の象徴的な構築物となっています。

乃東生(なつかれくさしょうず)

<乃東(なつかれくさ)の花>

12月22日から二十四節気は「冬至」に入り、1年で最も昼が短い日です。「冬至、冬なか冬初め」といわれるように二十四節気では冬の真ん中、真冬の始まりとなります。この日を境に太陽が復活を始めます。故に冬至を「一陽来復」と言い、物事が良い方向に向かうとされます。

七十二侯は、「乃東生(なつかれくさしょうず)」で、二十四節気「冬至」の初侯となります。乃東(なつかれくさ)は、冬に芽を出して夏に枯れる夏枯草(かごそう)のことで、この芽がでる頃という意味です。

夏枯草(かごそう)とは靫草(うつぼぐさ)のことで、宇奈月の山野に自生するシソ科の多年草です。花は、紫色で直立した茎の先端の密な円柱状の花穂につきます。この枯れた花穂が夏枯草で、古くから漢方薬として用いられています。冬至の初侯「乃東生(なつかれくさしょうず)」は、夏至の初侯「乃東枯(なつかれくさかるる)」と対になっています。雪が積もった大地では、乃東(なつかれくさ)が芽を出そうとしています。

鱖魚群(さけのうお むらがる)

<黒部川支流で産卵する桜鱒、婚姻色が美しい:11月下旬撮影>

12月17日から七十二侯は「鱖魚群(さけのうおむらがる)」で二十四節気「大雪」の末侯となります。鮭の群が、産卵のため自分の生まれた川に遡上する頃という意味です。宇奈月温泉を流れる黒部川の鮭の遡上は11月で終わります。

黒部川の河口から宇奈月温泉までの間に、サケが遡上するために越えなければならない堰堤があります。それは愛本堰堤です。愛本周辺は黒部川扇状地の扇頂部で、江戸時代に刎橋が懸けられたところです。黒部川下流域の最も岩が固く狭い地点です。現在の愛本堰堤は、昭和44年8月の豪雨で流失し、同48年に築造されました。ここには魚道が設けられていますが、黒部川は急流河川で流出土砂も多いため魚道が度々埋まり、鮭が宇奈月温泉周辺まで遡上できなくなります。

一方桜鱒は年々数が減少しているものの、宇奈月温泉周辺の黒部川支流で毎年確認できます。桜鱒は、富山名産の鱒ずしに使用される鱒で、春に遡上します。春の黒部川は、雪解けで水で増水し急流となって堰堤を乗り越えて流れるので、遡上が可能になります。そして夏の期間は深い淵に潜み、山の稜線が色づく10月中旬から11月初旬にかけて、黒部川支流で産卵間近の特徴である婚姻色が美しいサクラマスを見ることができます。この時期、支流は透明度が増し水量が少くなるので容易に観察できます。産卵が始まるとカワガラスがやってきて、卵を啄ばみます。孵化した稚魚はすべてヤマメで、降海型と河川残留型の2種類になります。降海型のヤマメは日本海に出て3年後には桜鱒となって生まれた川に戻ってきます。黒部川では稚魚を守るため2月末まで禁漁となります。