半夏生(はんげしょうず)

<宇奈月ダムの排砂ゲートから土砂が出される>

7月1日から七十二侯は、「半夏生(はんげしょうず)」で二十四節気「夏至」の末侯。半夏という薬草が生える頃という意味。

半夏は烏柄杓(からすびしゃく)で、サトイモ科の多年草。花茎の頂きに仏炎苞(ぶつえんほう)をつけ、中に肉穂花序を付ける独特な形をしている。宇奈月の山で見かける座禅草、水芭蕉、蝮草なども仏炎苞を有し肉穗花序を付けている。仏炎包とは、仏像の光背の炎形に似ている苞のことで、サトイモ科の植物に多くみられる。

この頃に降る雨は、半夏雨(はんげあめ)と言われ、大雨になることが多い。梅雨前線が日本列島に停滞するこの時期に、宇奈月ダムでは増水を利用して堆積した土砂を吐き出す排砂が行われるが、今年は6月26日から6月28日まで上流のダムと連携して排砂された。

7月1は北アルプス・立山の夏山開きで、夏山のシーズン到来である。室堂(標高2450m)にある「みくりが池」周辺では、残雪と高山植物の見頃を迎える。

菖蒲華(あやめはなさく)

<「田渕俊夫:放水」とカッシーナ・キャブチェアー>

6月26日から七十二侯は、「菖蒲華(あやめはなさく)」で、二十四節気「夏至」の次侯にあたる。 菖蒲の花が咲く頃という意味。 菖蒲は「あやめ」とも「しょうぶ」とも読める。あやめ(菖蒲)は梅雨の到来を告げる花として親しまれている。判別方法は、 外花被のつけ根にある網目模様はあやめ、黄色の目型模様は花菖蒲、白色の目型模様は杜若である。

宇奈月公園の花菖蒲は、6月の初めに開花し今は結実となり、 冷たい清水が流れる沢に源氏蛍が乱舞している。

立山黒部アルペンルートにある黒部ダムで6月26日から夏の行楽シーズンの到来を告げる観光放水が始まった。 黒部ダムは、河床からの高さが高さ186mと日本一の壁面を誇るアーチ式キダムで、二箇所の放水口から毎秒7.5トンずつ合計15トンを放水、10月15日まで毎日実施される。 豪音と共に噴出する水に日がさして虹が架かる。

セレネ美術館では、田渕俊夫画伯の黒部ダムの放水を捉えた院展出品作品が展示されている。大自然の中で水が放つエネルギーを巧みにとらえた名品である。   

乃東枯(なつかれくさかるる) 

<少なくなりつつある靭草(ウツボグサ)>

6月21日から二十四節気は「夏至」に入り、1年の内で最も昼が長くなる頃でもある。これから盛夏に向けて日に日に暑さが増すが、梅雨のまっただ中なので雨の日がしばらく続く。

七十二侯は、「乃草枯(なつかれくさかるる)」で「夏至」の初侯にあたる。乃東(なつかれくさ)とは、漢方薬に用いられる夏枯草(カコソウ)の古名で、宇奈月の草地に生えるシソ科の靫草(ウツボグサ)のことである。

花穗だけが枯れて黒ずんだ色になり、夏枯草の名の由来となる。半年前は「冬至」の初侯で「乃東生(なつかれくさしょうず)」で、夏枯草は生まれては枯れていく。季節は正確に巡っているのである。

梅子黄(うめのみきばむ)

<白身魚と相性のいい煎り酒は、梅干しから作る>

6月16日から七十二侯は「梅子黄(うめのみきばむ)」で、二十四節気「芒種」の末侯にあたる。梅の実が熟して黄ばむ頃という意味。梅が黄ばんでくると梅干を作るための収穫となる。いよいよ梅雨本番である。

延楽の人気商品に「煎り酒」がある。梅干しの塩梅と特製出汁を合わせてつくる。富山湾で獲れる真鯛、平目、のど黒、細魚(サヨリ)、太刀魚などの白身魚の刺身に合う。おろし山葵を少々付けて食すと、白身魚の繊細な味わいが口に中に広がる。

江戸時代に、醤油が登場する以前に刺身ダレとして使われた。地酒との相性も良い。延楽自家製「煎り酒」は、刺身以外にもドレッシングや鍋物等にも幅広く使える。延楽秘伝の味で、オンラインショップの人気商品でもある。

腐草為蛍(くされたるくさほたるとなる)

<小雨にそぼ濡れるホタルブクロ>

6月10日から七十二侯は「腐草為蛍(くされたるくさほたるとなる)」で「芒種」の次侯にあたる。草が枯れ、腐って蛍になるという意味。出典は中国古典の菜根譚や、江戸時代の歳時記である改正月令博物筌とある。

蛍は、土の中でサナギになり地上で羽化するので、昔の人は、草が朽ちて蛍になると信じていたようである。蛍の異名として「朽草(クチクサ)」とも呼ばれる。宇奈月の梅雨入りは間近だ。公園ではゲンジボタルが飛び交う頃でもある。

 宇奈月の山路の斜面では、小雨に濡れた清楚な白花の蛍袋が下向きに開花し、虫の雨宿りには格好の場所となる。宇奈月周辺では白花が多く見られるが、山を越えた信州では淡紅紫色になる。蛍袋はキキョウ化の多年草で、英語ではベルフラワー、鐘の花。形から納得できる。花の中に蛍を閉じ込めるとその灯りが外へ透けて見える。まさに火垂(ほたる)の所以である。

蟷螂生(かまきりしょうず)

<新緑が美しい黒部峡谷>

6月6日から二十四節気は「芒種」に入る。「芒」とは、稲や麦などのイネ科植物の小穂を構成する頴(えい)の先端にある針状の突起のこと。つまり毛である。芒種とは、芒を持つ植物の種を蒔く時期と言う意味。

七十二侯は「螳螂生(かまきりしょうず)」で、二十四節気「芒種」の初侯にあたる。秋に多数の卵が、粘液を泡立てて作る卵鞘の中に産み付けられる。気泡に包まれた卵鞘の中の卵が、孵化して幼虫になる頃という意味。この頃から梅の実が黄色く熟してくる。いよいよ梅雨入りである。

新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、休館していた宇奈月温泉のほとんどの旅館が今日から営業開始する。開湯以来の初めての出来事で、宇奈月温泉街にも少しづつ活気が戻ってくる。黒部峡谷鉄道は6月1日から営業運転を開始した。新緑の峡谷を探勝するのに一番いい季節である。

麦秋至(むぎのときいたる)

<黒部川扇状地の麦の収穫の頃>

5月31日から七十二侯は「麦秋至(むぎのときいたる)」で、二十四節気「小満」の末侯にあたる。黄金色に色づいた麦の穂が実る頃という意味。

黒部川扇状地の田んぼでは満面の水が湛えられ、苗が整然と植えられている。一部の田んぼでは麦の穂が実り、収穫の頃となる。麦の実りの季節を「麦秋」と呼ぶ。麦秋は梅雨入り前の一瞬の輝きである。この地で栽培される麦は、二条大麦で上品な酵母の香り高い宇奈月ビールの原料となる。

一方黒部の山々の次第に色味を増す緑は、濃淡のグラデーションを見せてくれる。この時期の雨も翠雨、緑雨、青雨などと色で表現される。6月1日は衣替え。旅館の室礼もいよいよ夏へと近づく。

紅花栄(べにばなさく)

<雪を纏った山々が美しい黒部川扇状地を走る>

5月26日から七十二侯は「紅花栄(べにばなさく)」で二十四節気「小満」の次侯にあたる。

紅花が色付き、黄橙色から艶やかな紅色へと変わる頃という意味。小満は、陽気盛んにして万物ようやく長じて満つということなので、紅花の濃厚な色合いは夏らしさを感じさせる。

この時期に、カーター記念「黒部名水マラソン」が行われる。公認フルマラソンで黒部川扇状地、黒部川湧水群、黒部の海岸線を走る。文字通り山、川、海を満喫できる北陸を代表する自然豊かなマラソンコースである。

37年前に、当時のアメリカ大統領ジミー・カーター氏がYKKの招待で黒部に訪れられた際、黒部の田園地帯をジョギングされたのが始まりで、今回で37回目を迎える予定であったが、今年は新型コロナウイルスの感染拡大により中止となる。特にフルマラソンの参加者は、回数を重ねるごとにリピータの方が増え、質の高い内容となっていただけに残念である。

蚕起食桑(かいこおきてくわをはむ)

<田植えで忙しくなる頃>

5月20日から二十四節気は「小満」に入る。小満とは陽気盛んにして万物の生長する気が天地に満ち始める頃で、立夏から数えて15日目。七十二侯は「蚕起食桑(かいこおきてくわをはむ)」で二十四節気「小満」の初侯にあたる。蚕が桑の葉を盛んに食べて成長する頃という意味。

越中五箇山は、かつては養蚕が盛んで、合掌造りの内部は養蚕の為の様々な工夫がなされていた。茅葺き屋根の家屋が田圃の水面に映り込む頃でもある。日一日と夏めく日が続き、麦の収穫、田植えの準備などで農家は活気に満ち溢れる。

この頃は、異常乾燥に見舞われる時期でもある。昭和21年5月21日、宇奈月温泉街の建設会社の作業所付近から出火し、強い風とフェーン現象で火が瞬く間に八方に飛ばされ、宇奈月温泉のほとんどの建物を焼失するという大火災が起きた。そこから復興して今日の宇奈月温泉がある。

5月21日は、「宇奈月温泉大火記念日」として、大規模な火災訓練がおこなわれる。併せて宇奈月神社では火鎮祭が行われる。

竹笋生(たけのこしょうず)

<大原台自然公園に建立された観音像>

5月15日から七十二侯は「竹笋生(たけのこしょうず)」で、二十四節気「立夏」の末侯にあたる。竹笋(たけのこ)が生えてくる頃という意味。

笋は、筍の異体字である。食材の筍の収穫期間は、孟宗竹が3月から4月。真竹は5月から6月にかけて。今の時期に収穫できる筍は、根曲竹(ねまがりだけ)で宇奈月の深山の広葉樹林や、沢地などに大きい集団を作って群生する。地元の人は筍と言うよりは、山菜の感覚で扱っている。千島笹とも呼ばれ、北海道から山陰までの日本海側で雪深いところに分布する。

5月18日は、宇奈月平和の像(観音像)の観音祭で法要が営まれる。令和2年度は、新型コロナウイルス感染症の拡大により中止となった。この観音像は、地元出身の彫刻家・佐々木大樹氏の大作で、台座を含めると21mの高さがあり宇奈月温泉街が一望できる標高566.8mの大原台自然公園にある。日本一高いところに建立されたブロンズの観音像である。

建立時に入魂された名僧は、高岡市西田にある臨済宗の名刹国泰寺の当時の管長、稲葉心田氏である。国泰寺は、山岡鉄舟ゆかりの寺で、若き日の西田幾多郎や鈴木大拙等が参禅した寺でもある。この周辺は、手入れの行き届いた竹藪が多くあり、筍の産地でもある。