雷乃発生(かみなりすなわちこえをはっす)

<雪解けの原野に咲く菊咲一華>

3月30日から七十二侯は「雷乃発生(かみなりすなわちこえをはっす)」で、二十四節気「春分」の末侯にあたる。不安定な春の空に雷が鳴り始める頃と言う意味。春の雷は、恵みの雨を呼ぶ兆しとして人々が待ち望んだ。

宇奈月温泉街は、コロナウイルスの影響で静寂さそのもの。朝の露天風呂から、薄っすらと雪化粧をした稜線を望むことができる。落葉樹は銀色に輝き思わぬ造形美を作り出してくれる。日中の陽光ですぐ融けてしまう儚き情景であるが、朝風呂に浸かりながらの山々の対峙は、至福のひと時である。

宇奈月温泉街を滝のように流れるのは宇奈月谷である。この谷の流れを作る雪融け水は、これから日一日と勢いを増してくる。雪が消えた谷沿いの落葉樹の中に分け入ると、可憐な水色の花が咲き誇る。キクザキイチゲ(菊咲一華)である。雪融けの大地に一番早く開花させる花でもある。

桜始開(さくらはじめてひらく)

<桜、桜、桜の室礼>

3月25日から七十二侯は「桜始開(さくらはじめてひらく)」で、二十四節気「春分」の次侯にあたる。宇奈月温泉周辺は、未だ風が肌寒く桜は蕾堅し。4月10日前後の開花予定である。延楽ロビーは桜一色の室礼で、ギャラリーの日本画展示作品も桜の題材である。

松岡映丘の「東海の図」では、彼方の海原に朝日が昇り、春霞棚引く山々と手前に松と桜の大樹を配し、波の穏やかな漁村風景を題材にした作品である。児玉希望の「芳埜」は、吉野の山々の桜を気品ある色合いで優雅に描いた大作である。その他、松岡映丘の指導を受けた山口蓬春の「山佐久良」、杉山寧の「春靄」も春の香り漂わせてくれる。いよいよ春霞と、遠山桜の取り合わせが美しく映える季節となる。

雀始巣(すずめはじめてすくう)

<延楽・庭の枝垂れ梅>

3月20日から二十四節気は春分。太陽が真東から昇り真西に沈み、太陽が春分点を通る日で、昼と夜の長さが同じになることから二十四節気では大きな節目の日とされる。七十二侯は「雀始巣(すずめはじめてすくう)」で二十四節気「春分」の初侯でもある。雀が巣作りを始める頃という意味。この日を境に日脚が少しずつ長くなる。延楽の庭の枝垂れ梅が開花し始める。これからは春の光によって自然の表情が豊かさを増す頃だ。

21日、北陸新幹線富山駅高架下で、駅の南北を走る路面電車の軌道をつなぐ「路面電車南北接続事業」が完成し、100年の夢が実現する。この接続に伴い、富山駅の南側を走る富山地方鉄道の軌道と、駅の北側を走る富山ライトレールの軌道がつながり、約15キロのLRT(次世代型路面電車)ネットワークが構築される。

菜虫化蝶(なむしちょうとなる)

<早春の黒部平野>

3月15日から七十二侯は、「菜虫化蝶(なむしちょうとなる)」で二十四節気は「啓蟄」の末侯にあたる。厳しい冬を越したサナギが、蝶に羽化する頃という意味。菜虫とはアブラナ科の野菜類を食べる昆虫の総称。特に紋白蝶の幼虫の青虫をさす。菜の花が畑一面に咲き乱れ、羽化した紋白蝶が飛び始める頃となる。

宇奈月温泉では、まだまだ肌寒い日が続く。夜半からの雪で峡谷は雪化粧。富山湾では春の風物詩ホタルイカ漁がおこなわれている。走りのホタルイカはお造りがお勧め。細魚やハチメなどが旬を迎え、中でも「のどぐろ」のシャブシャブは絶品である。

桃始笑(ももはじめてさく)

<花桃の小径>

3月10日から七十二侯は「桃始笑(ももはじめてさく)」で、二十四節気の「啓蟄」の次侯にあたる。桃の蕾はふくらみ花が咲き始める頃という意味。宇奈月温泉の桃の名所は、対岸につくられた花桃の小径で、昭和44年の出水で土砂に埋まった八太蔵発電所のあった場所である。

黒部川の水力にいち早く目をつけたのは福沢桃介である。1907(明治40)年に日清紡績株式会社を創業する。翌年に東京下亀戸に第一工場を建て、続いて黒部川の水力電気を利用して黒部川下流域の入善町に第二工場を建てようという目論見をもって、1909(明治42)年に黒部川に訪れている。その後実地調査も行われ、明治43年5月に工場誘致に関する合意の調印式が東京事務所で行われたが、経営をめぐって他の役員と対立し役員を辞任する。その結果、入善工場の計画も消えた。1919(大正8)年、高峰譲吉のアルミ精錬事業により黒部川の電源開発が行われる。

その後福沢桃介は、大阪送電株式会社(大正8年設立)、大同電力株式会社(大正10年設立)の社長となって木曽川水系の電源開発を始める。桃介は、1922年に木曽川に建設した須原発電所に、ドイツから持ち帰った桃の木を植樹する。その桃は、1本の木から3色の花を咲かせる3色桃だった。現在、黒部川水系、木曽川水系は関西電力が開発管理している。

2017年、「黒部川開発100年」の記念植樹に三色桃を、関西電力より提供を受け、宇奈月温泉の花桃の径に100本植樹した。開花予測は、4月末である。ちなみに日清紡績株式会社のマークは桃である。

蟄虫啓戸(すごもりのむしとをひらく)

<ロビーの雛飾り>

3月5日から二十四節気は、「啓蟄」に入る。土の中で冬ごもりしていた生き物たちが、穴を啓いて地上へと這い出してくる頃という意味。七十二侯は「蟄虫啓戸(すごもりのむしとをひらく)」で二十四節気「啓蟄」の初侯にあたる。

「啓」は開くで「蟄」は虫の冬ごもりのことである。冬眠していた生き物が春の日差しを求めて土から出てくる頃と言う意味である。「啓蟄」と「蟄虫啓戸」は同じ意味である。

3月3日は桃の節句で、古来中国では3月最初の巳の日に行われていたので、「上巳の節句」と呼ばれている。縁起のいい奇数が重なる「五節句」の一つである。料理の中にも桃の節句の彩が味わえるのが、延楽雛の料理。

草木萌動(そうもくめばえいずる)

<ホタルイカの釜揚げ>

2月29日から七十二侯は、「草木萌動(そうもくめばえいずる)」で、二十四節気の「雨水」の末侯にあたる。柔らかな春の陽射しを受け、潤った土や木々から萌葱色の新芽が芽吹く頃という意味。

3月1日から富山湾ではホタルイカ漁の解禁となる。ホタルイカは、昼は深い海底に潜み、深夜から明け方にかけて浅いところへと移動して産卵する。その習性をとらえて行われるのが、富山湾の春の風物詩「ホタルイカ漁」である。ホタルイカが放つ独特の青白い光は幻想的で、まさに富山湾の神秘である。ほのかな甘みのお造りは絶品で、地酒とよく合う。熱々のホタルイカの釜揚は、オレンジ色の内臓もたっぷりと味わえて、これがまた地酒によくあう。

黒部川では、3月1日から渓流釣りの解禁となる。山女魚や岩魚を狙って早春の渓流に挑む。

霞始靆(かすみはじめてたなびく)

<雪を纏った白馬連山>

2月24日から七十二侯は、「霞始靆(かすみはじめてたなびく)」で、二十四節気「雨水」の次侯にあたる。靆(たなびく)とは、霞や雲が薄く層をなして、横引きに漂うこと。雨水や雪融け水によって湿った大地に、日が差すことによって水蒸気が起こり、霞が棚引く頃という意味。春霞で野山がぼんやりとかすんで見える頃である。

霞は気象用語で靄(もや)のことで、春の女神の衣に見立てられる。霞とは春に出る霧の事で、霧はそれぞれ情景により朝霧、夕霧、薄霧、八重霧などと美しく表現される。朧月夜に詠われる夜の霧は、朧(おぼろ)として使い分けられる。

春霞は、偏西風に乗って大陸から飛来する黄砂によるもので、万葉集にも詠われ、これから多く見られる現象である。雪を纏った黒部の山々が、霧や靄で美しく豊かな景色を見せてくれる頃でもある。

土脉潤起(つちのしょううるおいおこる)

<朝の陽ざしを浴びながら泳ぐ水鳥達>

2月19日から二十四節気は「雨水」に入る。空から降る冷たい雪が雨に変わり、野山の雪がゆっくりと融け始める。この頃の雨は「この芽起こし」といって、植物の芽吹きを助ける大切な雨となる。この時期に吹く強い南風が、春一番である。

七十二侯は、「土脉潤起(つちのしょううるおいおこる)」で、二十四節気「雨水」の初侯にあたる。凍てついた大地が潤いをとり戻す頃で、昔から農耕の準備を始める目安とされた。

夜半から雪がちらつき、強風も伴って一時、吹雪となるが春の風なので長続きはしない。黒部川では春の気配を感じた水鳥たちが、朝の陽射しを浴びながら活発に動いている。日一日と日足も長くなり、季節は確実に春に向かっている。

魚上氷(うおこおりをいずる)

<黒部川にそそぐ琴音の滝>

2月14日から七十二侯は、「魚上氷(うおこおりをいずる)」で、二十四節気「立春」の末侯にあたる。春の兆しを感じて魚が動き始め、割れた氷の間から飛び出す頃という意味。

宇奈月温泉は、時たま夜半に雪が降り、稜線は薄っすらと雪化粧。今年は暖冬で雪がすぐに消える。黒部川は凍らずに渓流となって流れている。

延楽の対岸に、形の良い滝釜を備えた「琴音の滝」がある。中川一政画伯お気に入りの小さな滝である。その滝窯から清流が流れている。その清流が流れ落ちる岩陰に、孵化したヤマメの稚魚が潜み、春めく時を待っている。