綿柎開(わたのはなしべひらく)

<露天風呂付き客室・706号室>

8月23日から二十四節気の「処暑」に入ります。処とは止まるという意味で、夏の暑さが収まるとされています。七十二侯は「綿柎開(わたのはなしべひらく)」で二十四節気「処暑」の初侯となります。柎(はなしべ)とは、萼のことです。「綿柎開」は、綿の実を包んでいた萼が開きはじめ、中から綿毛が出てくる頃という意味です。

綿は、熱帯や亜熱帯に分布する繊維植物でアオイ科の多年草です。同じ科の木槿や芙蓉と同様夏の花です。寒さに弱いため日本で栽培されているのは、インド綿の変種で1年草です。茎の長さが1m前後になり、秋に結実した果実は卵形で、褐色に熟すと割れて中からは種を包んだ白い綿花があらわれます。この綿毛を紡いで綿糸にします。

黒部の山々は、厚みのある夏雲から白い巻雲に変わろうとしています。行き合いの空は秋の訪れを感じさせます。そんな景色を望める露天風呂付きの客室が6部屋完成しました。すべてが眺望絶佳で、眼下には岩を食む黒部川の激流を眺め、眼前には黒部の峰々を望むことができます。峡谷に轟く川の音を聞きながら湯船に浸かります。時折、爽やかな川風が頬に感じられます。どうぞ至福の時を味わってください。

紅花栄(べにばなさかう)

<田植の準備ができた黒部川扇状地>

5月26日から七十二候は「紅花栄(べにばなさかう)」で二十四節気「小満」の次候にあたります。紅花が色付き黄橙色から艶やかな紅色へと変わる頃です。

小満は、陽気盛んにして万物ようやく長じて保つという事なので、草木には一段と生気がみなぎり、万物が次第に色味を増してきます。特に紅花の濃厚な色合いは夏らしさを感じさせます。この時期の天候も色で表現されます。やや強い南風は青嵐、雨は翠雨、緑雨、青雨と森羅万象すべて緑緑で、その濃淡のグラデーションを楽しませてくれる季節でもあります。

玄鳥去(つばめさる)

<田渕俊夫:令和2年院展出品作>
9月17日から七十二侯は「玄鳥去(つばめさる)」で、二十四節気の「白露」の末侯にあたる。春に日本にやってきた燕が暖かい南の国へ帰る頃という意味。 19日は秋彼岸の入り。暑さ寒さは彼岸までの言葉通り、燕の渡りが始まる。燕がやってくるのは七十二侯の「玄鳥至(つばめきたる)」で、今年は4月4日だった。宇奈月温泉で飛び交う燕は、岩燕で尾羽が短くやや小型である。 

岩燕が去る頃、温泉街では毎年、宇奈月モーツアルト音楽祭が行われる。昨年は9月14日から16日の3日間行われ、温泉街がモーツアルトの調べに包まれた。豊かな自然に恵まれた、山あいの出湯ならではの情緒である。今年は残念ながらコロナ禍により中止となる。

 セレネ美術館では昨年、田渕俊夫画伯の展覧が、10月14日まで開催された。田渕画伯は、昨年の「大嘗祭の大饗の儀」で披露された悠紀地方風俗歌屏風・春夏・秋冬を描かれ、今最も注目されている画家である。日本美術院理事長の要職に在り、研ぎ澄まされた感性で宮中にふさわしい貴賓ある風景画を制作された。今年の院展出品作は、その奉納作品の構図である。雄大な滝と桜が押し寄せてきます。

今年の展覧会は、昨年明治神宮の内陣に収められた屏風を制作された手塚雄二展を企画していたのだが、これもコロナ禍で中止となる。来年はぜひ実現し、質の高い芸術作品に触れていただきたいと願っている。これからは徐々に秋が深まり、月影さやかな好季を迎える。

禾乃登(こくのものすなわちみのる)

<おわら風の盆:坂の町を照らす西町のぼんぼり>

9月2日から七十二侯は「禾乃登(こくのものすなわちみのる)」で、二十四節気「処暑」の末侯にあたる。禾の文字は、植物の穂の形からできており豊かな実りを象徴する。稲穂が膨らんで黄金色になる頃という意味。

立春から数えて210日目にあたるこの時期は、「二百十日」と呼ばれ台風に見舞われやすい。そのため越中八尾では風害から農作物を守るため風邪鎮めの祭りが行われるようになった。それが「おわら風の盆」である。9月1日から9月3日まで各町内で洗練された踊りが披露される。普段は静かな山間の坂の町に、20万人のお客様が押しかける。哀愁を帯びた胡弓が奏でるおわらの調べが、訪れる人々を魅了する。今年は、残念ながらコロナ禍で全面中止となった。

新作おわらの代表作は、何といっても小杉放庵が詠んだ「八尾四季」である。放庵は日光出身で大正14年(1925)に東京大学安田講堂の壁画を描いたことでも知られている。昭和3年(1928)、おわらの育成に力を注いだ初代おわら保存会会長、川崎順二に招かれ、翌年詠んだ歌詞である。

<八尾四季>
ゆらぐつり橋手に手をとりて
 渡る井田川 オワラ 春の風
富山あたりかあの灯火は
 飛んでゆきたや オワラ 灯とり虫
八尾坂道わかれてくれば
  露か時雨か オワラ はらはらと
若しや来るかと窓押しあけて
 見れば立山 オワラ 雪ばかり

この八尾四季を基に若柳吉三郎が、春夏秋冬にそれぞれ異なった所作がある「四季の踊り(女踊り)」と「かかし踊り(男踊り)」を振り付ける。放庵が八尾で滞在したのは鏡町の旅館「杉風荘(さんぷうそう)」である。

放庵は、疎開のために新潟県赤倉に住居を移し、戦後もそこで暮らすようになる。春陽会を共に立ち上げた中川一政と延楽に度々訪れる。延楽には小杉放庵の足跡が数多く残っている。放庵が好んで使用した紙は半漉きの和紙で、放庵紙 と呼ばれる特注のものだった。

天地始粛(てんち はじめてさむし)

<上新町・御座敷踊り>

8月28日から七十二侯は、「天地始粛(てんち はじめてさむし)」で、二十四節気「処暑」の次侯にあたる。

粛には、鎮まるとか弱まるとか縮むという意味あり、ようやく暑さが鎮まる頃という意味。立春から数えて二百十日は9月1日にあたる。台風の多い時期でもある。実った稲穂を強風から守るために、風を鎮める祈りの踊りが行われる。越中八尾の「風の盆」である。

9月1日から9月3日までの三日三晩、哀愁を帯びた鼓弓の音色に乗って街流しが行われる。踊りは、農作業の所作で組み立てられ、八尾、上新町では町内の通りを使って大輪踊りが行われる。地元の踊り手の後ろについて所作を学のも、おわらを知る方法です。

8月20日から8月30日までの毎日、11の町内が各自持ち回りで前夜祭を行う。今年の初日は天満町で、一足早く担当の町内の街流しや輪踊りが鑑賞できて、本番とは違った情緒を味わうことができるので、お勧めである。