紫交趾菊形

<紫釉をかけた交趾>

富山湾では、津合蟹の他に紅津合蟹漁もおこなわれます。紅津合蟹は水深1000m以上の深海に生息するので、網が使えないので蟹籠を使います。魚津の漁師が編み出した漁法、蟹籠漁です。滞在の料理で使うことがあります。

季節のうつわは「紫交趾菊形」で、永楽妙全の作品です。紅津合蟹の赤が良く映えます。

紫交趾は、交趾焼のうち紫釉が主調となった三彩陶磁です。交趾焼きには磁胎と陶胎があり、高火度焼成の素焼きの生地に鉛釉系の色釉(黄・緑・青・紫)を掛けて低火度で焼成します。紫の強い交趾焼きは、中国では華北の窯で作られた陶器の特色となっています。

もととなる三彩は、日本では桃山時代に復活し、京都の楽焼が交趾焼きと呼ばれるようになりました。江戸中期、後期には、交趾三彩、康煕三彩に学んで三彩を焼いています。京の永楽保全はその代表格です。

黄瀬戸角向付

<油揚肌の表面>

積雪が多くなると、野菜を雪の下の土に埋めて保存します。寒さで根菜類の甘みが増します。冬野菜の含め煮です。

季節のうつわは「黄瀬戸角向付」です。
表千家家元・惺斎好みで、隅切りになっています。黄瀬戸は、桃山時代に美濃で作られた黄色の焼き物です。

加藤唐九郎は、黄瀬戸を平安時代から近現代まで続く灰釉陶全体として捉え、古い順に瓷器手、ぐい吞み手、菖蒲手、菊皿手と分類しました。

菖蒲手が最盛期(桃山時代)の黄瀬戸で、油揚肌や胆礬や鉄彩による加飾の技法が加えられます。ぐい吞み手は、菖蒲手よりも古くて厚手で、彩調も光沢もあります。菊皿手は最も新しく、江戸期から現代まで続きます。唐九郎は、古窯跡から出土する陶片と語りながら、分類をしたのではないでしょうか。

水沢腹堅(さわみずこおりつめる)

<冷たさを増す黒部川>

1月25日から七十二侯は、「水沢腹堅(さわみずこおりつめる)」で二十四節気「大寒」の次侯となります。沢に氷が厚く張りつめるほど寒い頃と言う意味です。水はいよいよ冷たさを増し、1年の内で最も寒い時期となります。この頃は大陸からの強い寒気が入りやすく、記録的な大雪や最低気温をもたらします。

寒の内に汲んだ水は、「寒の水」と呼ばれ細菌が少ないのでお酒を仕込むのには最適です。寒仕込みの酒は、きめ細やかですっきりとした味わいに仕上がります。大吟醸はこの時期を選んで仕込まれ、3か月を経て出荷されます。日本酒の仕込みが、最盛期を迎える時期となります。

この時期は、厳しい寒さの中にも太陽は少しづつ力強さを増し、三寒四温を繰り返しながら季節は確実に春に向かっていきます。生き物たちは敏感に春の気配を感じ取り、目覚めの準備を始めています。

染付山水小判皿

<余白の美を生かした染付>

雪の日が続くと真鱈がおいしくなります。魚に雪で鱈になります。初雪のころから取れ始め、身が雪のように白いので鱈の漢字になりました。

特に真鱈の白子、真子と最高の食材となります。淡白な真鱈の造りは、唐墨と塩昆布によって旨味が増し、極上の肴となります。地元の皇国晴酒造の「幻の瀧」をぬる燗、温燗で温度を変えて飲むのもお勧めです。

季節のうつわは「染付山水小判皿」です。四代清風與平の作で細やかな筆使いは、余白の中に染付山水を浮かび上がらせます。

仁清色絵雪笹絵戸〆長方向付

<一手間かけた戸〆の形>

雪が降ると、雪笹をモチーフにした器を使うことが多くななります。富山湾の旬魚の味も冴え、刺身が一段と美味しくなります。

季節の器は「仁清色絵雪笹戸〆長方向付」で、幾分かは大きめの器なので、少し多めに盛るのには適しています。戸〆とは戸を閉めた形で、面と面が重なったように見える形状です。見込みに雪笹が大きく絵付けされています。

赤楽笹透向付

<温かみのある赤楽>

雅膳の一皿は、「赤楽笹透向付」です。清水六兵衛の作品で、土の素朴な柔らかさが伝わる一品です。赤みを帯びた色調の赤楽は、楽焼の祖長次郎によって利休の好みを組んで、天正10年(1582)前後に作られました。

赤みを帯びた色調は、釉薬によるものではなく、胎土に用いられている陶土の鉄分によるもので、釉は透明または半透明の低下度釉を用いています。轆轤を使わずに手捏ねで形を作るので、柔らかくて温かみがあります。表面に笹の葉を彫り込んで、存在感を出しています。

仁清着彩瓔珞州浜形向付

<瓔珞文>

寒鰤の造りには大根おろしが欠かせません。その脂は甘くもあり、格別の旨さがあります。地元の甘めの醤油があいます。雅膳の一皿は、寒鰤のお造りです。

季節のうつわは「仁清着彩瓔珞州浜形向付」で、仁清写しです。

州浜形とは、三つの輪を少しずつ重ねたような輪郭を持つ形のことを言います。もともとは、一つの島の一方が入り江となり、他方は陸が海に向かって突き出ている部分を、上から見下ろした形です。桃山時代の織部の手鉢などに見られます。

瓔珞とは、インドの上流階級の人々が宝石や貴金属を編んで頭や首、胸にかけて身を飾った装身具です。仏教では菩薩像などを荘厳する飾り具として用いられ、寺院内の天蓋などの装飾にも用いられています。その瓔珞に似た綴り文様を瓔珞文様と言います。

この文様は、中国では明代、嘉靖、天啓年間に景徳鎮民窯の五彩や金襴手に使われ、さらには明代末期の崇禎年間(1628年~44年)の祥瑞にも使われています。日本では江戸初期に野々村仁清が花瓶に応用します。

鼠志野籠目角皿

<邪を払う篭目模様>

雪の日が続くと富山湾に寒鰤が入ってくるようになります。
雅膳の一皿は、寒鰤の塩焼きです。

季節のうつわは「鼠志野籠目角皿」です。
籠目の白文様が、寒鰤の塩焼きを引き立てくれます。

鼠志野は、素地を鉄分の多い泥漿にくぐらせて、掻落し文様を施します。この角皿は、籠目文様を掻落し、その上に厚い白釉をかけて焼いた作品です。古来、籠目文様のような連続した文様は、邪気を払うと言われてきました。皿などの器によく使われます。

款冬華(ふきのはなさく)

<蕗の薹>

1月20日から二十四節気は、冬の最後の節気「大寒」に入ります。一年で最も寒い時期で、最低気温を観測するのはこの頃です。寒の内に汲んだ水は、寒の水と呼ばれ雑菌が少ないので、酒、味噌、醤油などの発酵食品を仕込むのに適しています。寒仕込みです。寒さは一段と厳しくなる一方、太陽の光は少しずつ力強さを増してきています。

七十二侯は、「款冬華(ふきのはなさく)」で二十四節気「大寒」の初侯となります。款冬(かんとう)とは蕗のことです。黒部川扇状地の土手では蕗の薹が顔を出しています。雪下の蕗の薹は、苦みが少なく蕗味噌や天婦羅で早春の香りを味わえます。

一方、富山湾では雌の香箱蟹が資源保護のため漁が1月20日までとなっていますが、雄の津合蟹漁は最盛期を迎えています。浅瀬から深海に至るまで多種多様な魚が生息する富山湾。天然の生簀と呼ばれる所以です。宇奈月温泉は、湯量豊富な温泉と山の幸と海の幸に恵まれた絶好の場所です。

割山椒山水見込

<初代・須田菁華>

蕪は寒くなると甘みが増します。春の七草のスズナです。多くの品種があり、大きさも種類により大中小に分けられます。麹で漬け込んだかぶら寿しの美味しい時期でもあります。雅膳の一皿は、蕪と薇の麹和えです。雪国では蕪には麹が欠かせません。

季節のうつわは「割山椒山水見込」で、須田菁華の作品です。菁華は、山代温泉で明治39年(1906)に菁華窯を築き、染付、祥瑞、呉須赤絵、古赤絵、古九谷の倣古作品を得意としました。現在は四代目です。大正4年(1915)、北大路魯山人は金沢の細野燕台のもとに寄留した時に菁華窯を訪れ、陶芸への関心を啓発されたのです。