5月10日から七十二侯は、「蚯蚓出(みみずいずる)」で二十四節気「立夏」の次侯となります。夏に向うにつれ、土の中から蚯蚓(ミミズ)が這い出してくる頃と言う意味です。
今まで冷気を含んでいた朝の川風は、立夏に入ると爽やかな風になり、宇奈月は今まさに残雪と新緑が美しい季節本番となりました。春の陽射しは少しずつ力を増し、萌葱色の草木も日一日と緑が濃くなったきます。
黒部峡谷の柔らかな新緑を作り出すのは、ブナ科やムクロジ科の落葉高木です。特にムクロジ科のカエデ属のハウチワカエデ、イタヤカエデ、ウリハダカエデの新緑は美しく、秋には紅葉も見事です。
館主の二十四節気と七十二候
蛙始鳴(かわずはじめてなく)
5月5日から二十四節気は「立夏」に入り、暦の上では夏となります。早朝の宇奈月温泉に吹く川風は、少し冷たさを含んでいます。雪を纏った山々と麓の新緑が最も美しい季節となりました。これから柔らかな春の陽射しが少しずつ力強くなり、夏へと向います。
七十二侯は「蛙始鳴(かわずはじめなく)」で、二十四節気「立夏」の初侯にあたります。田圃でカエルが鳴き始める頃という意味です。雪解け水が流れる黒部川の浅瀬からは時折、河鹿の鳴き声が瀬音とともに心地よく伝わるようになりました。初夏の気配です。
河鹿は、清流が流れる石と石の間を住処にしている蛙です。高く澄んだ鳴き声が鹿に似ているところから、河鹿と呼ばれるようになりました。
黒部峡谷鉄道は、黒部の山々の残雪と柔らかな新緑の彩を愛でながら、深く切り立った黒部峡谷に沿って走ります。生命の息吹が感じられる新緑で心身ともに癒され、森羅万象、緑、緑の世界が味わえます。
牡丹華(ぼたんはなさく)
4月30日から七十二侯は「牡丹華(ぼたんはなさく)」で二十四節気「穀雨」の末侯となります。百花の王である牡丹が大輪の花を咲かせる頃という意味です。牡丹は、俳句では夏の季語で、春の終わりを惜しむように咲き、夏への橋渡しをしてくれます。宇奈月温泉は、牡丹の開花間近です。
延楽は日本画壇の先生達がよく逗留される宿でした。日本美術院の堅山南風先生も常連で、そのお弟子さん達の作品も多く残っています。とりわけ松尾敏男画伯の「牡丹」は気品があり展示すると周りが華やかになります。本日からロビーに展示されます。
宇奈月温泉では山から吹き下ろす朝風はまだ肌寒く、雪が残った山肌と麓の新緑が目に優しいコントラストを作り出しています。雪が消えた原野では片栗(カタクリ)や黄華鬘(キケマン)の群生が現れ、春の陽光を浴びて一斉に花開します。時折、鶯の鳴き声が心地よく響きます。5月2日は、立春から数えて88日目となります。「夏も近づく八十八夜」です、夏がすぐそこまでやってきています。
霜止出苗(しもやみてなえいずる)
4月25日から七十二侯は「霜止出苗(しもやみてなえいずる)」で、二十四気「穀雨」の次侯となります。朝晩の厳しい冷え込みは緩み、霜が降りなくなる頃という意味です。農家では田植えの準備に取りかかり、田圃に水を張ります。満面の水面には、雪を纏った後立山連峰(白馬連山)の山々と新緑の里山が美しく映り込み、山居村の屋敷は浮城のように見えます。名水の里、黒部川扇状地の風景が最も煌く頃となります。
黒部川扇状地は、愛本橋付近を扇頂として扇角約60度で富山湾に至る日本で一番美しい扇形の平野です。扇頂から河口まで約13km、面積は96k㎡で、氾濫の積み重ねによって形成されました。黒部川は、かつては扇状地で複雑な流路を作り、その網目状のような川の流れから黒部四十八ケ瀬あるいはイロハ川とも呼ばれていました。昭和12年に国が黒部川の改修計画を直轄事業としてから順次整備が進み、今では大型の堅固な堤防によって川幅の広い河道になりました。
上空から見ると、その中を黒部川が蛇行を繰り返しながら富山湾にそそいでいるのがよくわかります。下流域では湧水箇所が多く、黒部川扇状地湧水群と呼ばれていて人々に様々な恩恵を与えています。黒部が名水の里と呼ばれる所以です。
葭始生(あしはじめてしょうず)
4月19日から二十四節気は「穀雨」となります。春は、二十四節気の「立春」に始まり「穀雨」で終わりを告げます。「穀雨」は、春雨が百穀を潤す事から名付けられ、種まきや田植えの準備の目安となります。変わりやすい春の天気もこの頃から安定し、日差しも徐々に強まります。
七十二侯は「葭始生(あしはじめてしょうず)」で「穀雨」の初侯となります。水辺の葭が、芽吹き始める頃という意味です。黒部峡谷は、萌黄色に染まり黒部奥山ではブナの峰走りが現れる頃となります。
冬期間運休していた黒部峡谷鉄道は、本日より宇奈月・笹平(7km)間で折り返し運行されます。例年より積雪が少ないので、早めの部分開通となり、4月25日からは猫又までの折り返し運転となります。欅平までの全線運行については、能登半島地震による落石で鐘釣橋が損傷し、その補強と落石対策の工事が終わり次第運行されます。紅葉の時期に間に合うように、10月1日からの運行を目指しています。
深いV字峡谷を刻んで流れる「穀雨」の黒部川は、山々の雪解けが進み、水量を増しながら激流となって富山湾へと流れていきます。黒部の峡谷に吹く風はまだ冷たく、時折山桜の花びらを運んできます。森羅万象の緑は、訪れる人々の心を癒してくれます。
虹始見(にじはじめてあらわる)
4月14日から七十二侯は「虹始見(にじはじめてあらわる)」で、二十四節気「清明」の末侯となります。萌える山野を背景に驟雨一過、虹が出始める頃という意味です。春の虹は、夏の虹に比べると幻想的で、淡くたちまち消えてなくなります。
立山黒部アルペンルートは、4月15日から全線開通となります。一番のハイライトは雪の大谷で、例年雪壁は高い所で20mに達します。標高2450mの立山室堂平は世界でも有数の豪雪地帯です。とりわけ室堂付近にある大谷は吹き溜まりになるので特に積雪が多くなります。
立山黒部アルペンルートは、富山県立山町の立山駅と長野県大町市の扇沢駅とを結ぶ交通路で、総延長37.2kmの国際的にも大規模な山岳観光ルートです。ほんどが中部山岳国立公園内で、 雪に覆われた北アルプスの名座は白く神々しく輝いています。
これと並行する新たな観光ルート「黒部宇奈月キャニオンルート」は10月1日に一般開放の予定です。富山の山岳観光に新たな魅力と、コースの選択肢が加わります。
鴻雁北(こうがんかえる)
4月9日から七十二侯は「鴻雁北(こうがんかえる)」で、二十四節気「清明」の次侯となります。日本で冬を過ごした雁は、列をなして北へと帰って行く頃です。雁が越冬のため日本へやってくるのは、七十二候の「鴻雁来(こうがんきたる)」の頃で、二十四節気「寒露」の初侯にあたります。すなわち10月8日前後で、それから半年間、日本で越冬します。
二十四節気「清明」を迎えると空が明るく澄んで草木が芽生え、雪国の桜は満開となります。富山県朝日町の舟川べりの桜並木は、雪を纏った後立山連峰を背景に美しい輝きを見せてくれます。冷たい川風と雪解け水が流れる舟川が、桜の花で覆われる早春のひと時です。今年の満開予想は11日頃で、桜吹雪は14日頃となります。桜が散ると田圃に水が張られ、田植えの準備が始まります。
玄鳥至(つばめきたる)
4月4日から二十四節気は「清明」に入ります。清明とは「清浄明潔」の略で「万物発して清浄明潔なればこの芽は何れの草としれる也」と江戸時代に出版された暦の解説書「暦便覧」に記述されています。まさに万物がすがすがしく明るく輝くころとなります。
黒部川扇状地から上流を望むと雪を纏った後ろ立山連峰の峰々が神々しく輝いています。正面奥から白馬岳(2932m)、隣が旭岳(2867m)と清水岳(2603m)と名座が続きます。いよいよ北アルプスを背景に、桜とチューリップが加わる彩り豊かな季節となります。清明ならではの壮大な情景です。
七十二侯は「玄鳥至(つばめきたる)」で二十四節気「清明」の初侯となります。幻鳥とは燕の事で、燕がやって来る頃と言う意味です。冬鳥が北に帰り、入れ替わるように南の国から燕がやってきます。温泉街で観察できるのは小形の岩燕です。岩燕は、尾羽の切り込みが浅く英名が「House Martin」、燕は大型で尾羽の切込みが深く「Barn Swallow」でマーチンとスワロウです。日本には繁殖のために飛来し、宇奈月では温泉街から山地にかけて集団で営巣します。待ちに待った観光シーズンの到来となります。
雷乃発生(かみなりすなわちこえをはっす)
3月30日から七十二侯は「雷乃発生(かみなりすなわちこえをはっす)」で、二十四節気「春分」の末侯となります。不安定な春の空に雷が鳴り始める頃と言う意味です。かつては春の雷は、恵みの雨を呼ぶ兆しとして人々が待ち望んだようです。
延楽は、朝の露天風呂から残雪が少し残る稜線を望むことができます。風呂に浸かりながらの山々の対峙は、至福のひと時です。宇奈月温泉の入り口を滝のように流れ落ちる渓流は、宇奈月谷です。谷を流れる雪融け水は、これから日一日と勢いを増してきます。
谷沿いの雪が消えた落葉樹林の中に分け入ると、様々な山野草の芽が出ています。まもなく可憐な花のキクザキイチゲ(菊咲一華)が現れます。雪融けの大地に一番早く開花させる花です。
桜始開(さくらはじめてひらく)
3月25日から七十二侯は「桜始開(さくらはじめてひらく)」で、二十四節気「春分」の次侯になります。富山市の桜の名勝松川縁は、寒の戻りで開花が遅れています。
宇奈月温泉は、山々から吹き下ろす風はまだ肌寒く、桜の蕾はまだ堅しです。ギャラリーの日本画の展示作品の題材は桜です。
松岡映丘の「東海の図」では、彼方の海原に朝日が昇り、春霞棚引く山々と手前に松と桜の大樹を配し、波の穏やかな漁村風景を題材にした作品です。児玉希望の「芳埜」は、吉野の山々の桜を気品ある色合いで優雅に描いた大作です。同じく児玉希望の「浅春」は、岩を喰む急流と春の訪れが遅い峡谷を描いた作品で、黒部峡谷を思わせる景です。
その他、東京藝術大学で松岡映丘の指導を受けた山口蓬春の「山佐久良」は春の香りを漂わせてくれます。春霞と遠山の取り合わせが美しくなる頃となります。