寒蝉鳴(ひぐらしなく)

<昭和天皇陛下御製 入江相政謹書>

8月12日から七十二侯は「寒蝉鳴(ひぐらし なく)」で、二十四節気「立秋」の次侯となります。寒蝉(かんぜみ、かんせん)とは、立秋に鳴く蝉のことで、ヒグラシやツクツクボウシのことです。この時期はヒグラシが相応しいと思います。終わり行く夏を惜しむかのように、夕暮れ時に「カナカナカナ」と鳴く寒蝉の声。今年は前線の停滞で曇り日が多くなりますが、引き続き猛暑日が連続します。夕暮れ時の寒蝉の鳴き声と黒部川の川風は、しばしの涼をもたらしてくれます。

ヒグラシはその鳴き声からカナカナ蝉とも呼ばれています。漢字では蜩、日暮、茅蝉、秋蝉、晩蝉と表わされ、秋の季語となります。昆虫分類はカメムシ目あるいは半翅目(はんしもく)、セミ科に属します。口が針状になっている昆虫は、カメムシ目(半翅目)に分類されます。

宇奈月温泉は、四方を山に取り囲まれている地形故、哀愁を帯びた蝉の鳴き声が多方向から聞こえてきます。少し前までは黒部川から「コロコロコロ」と、川風に乗って河鹿の鳴き声が心地よく聞こえてきました。立秋にはいると見事に寒蝉の鳴き声と入れ替わります。河鹿は清流の歌姫とも呼ばれる蛙で、文人達が宇奈月で詠んだ詩の中に度々登場しますが、寒蝉は出てきません。

宇奈月公園は、お盆前までは蛍が飛び交っていました。清水が流れる園内には、宇奈月の地で詠まれた文人墨客の詩の碑があります。 真夏の蝉時雨や河鹿の鳴き声から余韻を残す寒蝉に変わり、季節の移行のシグナルが肌で感じられる宇奈月公園。そこに点在する歌碑を辿るのも宇奈月温泉での過ごし方の一つです。

涼風至(すずかぜ いたる)

<甘い香りを漂わせる葛の花>

8月7日から二十四節気は「立秋」に入ります。まだまだ猛暑日が続きますが、暦の上では秋を迎えます。 宇奈月では日中、厳しい暑さが続くきすが早朝には、涼やかな川風の気配が感じられるようになります。立秋以降の暑さは残暑となり、手紙の時候の挨拶は「残暑見舞い」となります。今年も酷暑日は、お盆頃まで続きそうです。

七十二侯は「涼風至(すずかぜいたる)」で、二十四節気「立秋」の初侯となります。季節は少しずつ秋に向かい、涼しげな風が吹く頃という意味です。毎朝行っているウォーキングのコースの山彦遊歩道には、葛の花がたくさん落ちています。遊歩道沿いに自生している暖香梅や、黒文字の枝の間から落花してきます。

葛は、様々な樹木に絡みつき赤紫色の花を開花させ、その甘い香りを周辺に漂わせます。しかも暑さに強い植物なので、植生の範囲を拡大していきます。そんな葛の葉陰から、集く虫の音が聞けるのも間近です。

大雨時行(たいうときどきにふる)

<雪解け水が流れ込むうなづき湖>

8月2日から七十二侯は「大雨時行(たいうときどきにふる)」で、二十四節気「大暑」の末侯となります。宇奈月は連日、猛暑が続いています。これから暑さが最高潮を迎え、蝉の声が温泉街に響き渡り、強烈な日差しの日がしばらく続きます。暦の上では夏の終わりとなります。

高温多湿な季節風により黒部の山々には薄暗い雨雲が立ち込め、今にも激しい雨が襲ってくるようです。 入道雲が湧き上がるようになれば夕立の合図で、その大雨が大地を洗い流し、しばし夕暮れの涼を与えてくれます。先人たちはこの時期に降る大雨を「滝落とし」「篠突く雨」「銀竹」と情緒のある呼び方をしていました。近頃は異常気象により、その大雨がゲリラ豪雨になる場合があります。

黒部峡谷では、涼を求めてお客様で賑わう頃です。トロッコ電車は始発の宇奈月駅を出ると赤い新山彦鉄橋を渡ります。そして急カーブの2番トンネルと3番トンネルを抜けるとエメラルドグリーンの「うなづき湖」が見えてきます。 2001年に竣工した宇奈月ダムによって湛水されてできた湖です。 黒部峡谷には谷や沢多く存在し、八千八谷と呼ばれています。そこから供給される豊富な雪解け水は、黒部川の流れとなります。湖には雪解け水が満面に湛えられ、涼を含んだ爽やかな川風の源となります。

土潤溽暑(つちうるおうてむしあつし)

<見ごろを迎えた球紫陽花>

7月27日から七十二侯は「土潤溽暑(つちうるおうてむしあつし)」で、二十四節気「大暑」の次侯となります。溽暑(じょくしょう)とは湿気が多く、蒸し暑い状態のことを表します。梅雨の湿気を帯びた大地に、強い日差しが照りつけて蒸し暑くなる頃という意味です。例年この時期が梅雨明けとなります。

今年の梅雨明けは、もう間もなくですが連日猛暑が続いています。溽暑(じょくしょう)の日が続くと雪解けが進み、黒部奥山の雪形は日々小さくなります。その雪解け水は宇奈月ダムに湛水され、うなづき湖となります。その雪解け水が、ダム直下にある宇奈月発電所の発電機を回します。発電所から出される水は黒部川本流となり、黒部川扇状地を潤します。

富山県内では連日猛暑日が続いていますが、早朝の宇奈月温泉は冷気を含んだ川風が心地良く、爽やかに早朝ウォークができます。コースの山彦遊歩道では球紫陽花(タマアジサイ)の開花が始まりました。球状の蕾を包む苞が外れ、中から額紫陽花が現れます。
日本海側の豪雪地帯に多く見られる品種で、薄紫色の両性花は涼やかさを届けてくれます。蕾の形が和名の由来となっています。

桐始結花(きりはじめてはなをむすぶ)

<桐の花が実を結ぶ頃>

7月22日から二十四節気は「大暑」となります。暑さが最高潮を迎えるころで、いにしえ人は軒先に風鈴を下げて音で涼を感じとりました。また窓には葦簀をかけて日差しを避け、路地には打ち水をして、川には川床を設え、夜には船を浮かべて川風に当たるなど、豊かな感性で自然の中に涼を求めました。先人たちの知恵で生まれた納涼文化は大切にしたいものです。

いよいよ梅雨明けです。七十二侯は「桐始結花(きり はじめて はなを むすぶ)」で、二十四節気「大暑」の初侯にあたります。春に開花した桐の花が大暑に入り、実を結ぶ頃という意味です。

桐は、キリ科の落葉広葉樹で宇奈谷沿いや宇奈月温泉上流のうなづき湖の湖畔に多く見られ、五月中旬には薄紫の筒状の花が開花します。大暑に入ると卵形で茶色の実を付けます。高木は枝を大きく伸ばし、広卵形の大きな葉を多く付けるので、涼しげな木陰を提供してくれます。

桐は、古くから鳳凰の止まる木として神聖視されてきました。花札の桐と鳳凰の図柄もこの伝説からきています。桐紋は菊の御紋に次ぐ高貴な紋章として皇室で受け継がれ、日本国政府の紋章として使用されています。

鷹乃学習(たかすなわちわざをならう)

<黒部奥山の空に鷹が舞う日は間近>

7月17日から七十二侯は「鷹乃学習(たかすなわちわざをならう)」で、二十四節気「小暑」の末侯になります。

春に生まれた鷹の幼鳥が、飛び方を覚える時期で巣立ちの準備をする頃という意味です。鷹は、古くから獲物を捕るための道具として大切にされてきた猛禽類です。鷹狩りの歴史を辿ると約四千年前に中央アジアの平原で始まり、日本へは四世紀半ばに、朝鮮半島を経て伝わって来たと言われています。

江戸時代には鷹狩は武家社会の中に溶け込んでいきます。とりわけ徳川家康はそれを好み、鷹術は一種の礼法と見なされました。家康が好んだ「祢津流」は全国の武家の間に広まりました。加賀藩や分家の富山藩にはこの流れを汲む「依田家」が鷹匠として抱えられ、文武二道を旨とする前田家で鷹匠文化として継承されてきました。武家にとって鷹狩りは、領内視察のほか軍事演習の意味合いもあったので、武芸奨励として受け継がれてきました。

黒部奥山は加賀藩の直轄地で、黒部奥山廻役という制度ができ定期的に調査に入っていました。役人達は鷹や犬鷲の飛ぶ様子で、位置確認や天候の変化を予測しました。今年の梅雨明けは6月28日で、例年より20日早くなりました。梅雨が明けると黒部奥山の空に鷹が高く舞い上がります。いよいよ盛夏の訪れです。

蓮始開(はすはじめてひらく)

<蓮の花が開くと清浄な香りに包まれる>

7月12日から七十二侯は「蓮始開(はすはじめてひらく)」で、二十四節気「小暑」の次侯になります。 池の水面に蓮の花が開き始める頃という意味です。

泥を俗世に見立て、泥より出でて泥に染まらぬ優雅で貴賓高き蓮の花は、仏教の悟りの境地に例えられます。加えてその崇高な清らかな花に極楽浄土を見るのです。修行僧のかぶり物は、若い蓮の葉を形取ってあり、未熟者であることを表します。仏教徒にとっては聖なる花です。

蓮が咲く頃は、梅雨明け間近です。豪雨により濁流となっていた黒部川は、徐々に水量が落ち着いてきました。河鹿蛙の鳴き声は、川風に乗って心地よく聞こえてきます。 峡谷探勝のシーズン到来です。

温風至(あつかぜいたる)

<延楽の松の剪定>

7月6日から二十四節気は「小暑」となり七夕の日でもあります。小暑は、本格的な暑さの前段階で、徐々に夏を肌で感じるようになります。例年この時期は、長く続いた梅雨が終わりを告げ夏本番となる頃です。小暑から立秋の前日までが「暑中」となります。暑中見舞いはこの間に出し、立秋に入ると残暑見舞いとなります。

七十二侯は「温風至(あつかぜいたる)」で、二十四節気「小暑」の初侯となります。温風とは南風のことで、温風が吹いて蒸し暑い日が増えてくる頃という意味です。沖縄から順に梅雨明けが始まるのもこの時期です。 今年は、日本列島に梅雨前線の停滞が続き、線状降水帯が発生するところでは、大水害をもたらしています。加えて日照時間が短い日が連日続きます。

この頃は、庭木の剪定の時期でもあります。雨の中、植木職人たちが松の新芽を指で摘んで取り除きます。葉が茂りすぎると樹形が見苦しくなります。常緑広葉樹は新しい枝が伸びてくるので剪定をして風通しをよくします。雨に濡れて松の緑が一段と美しく映えます。

半夏生(はんげしょうず)

<宇奈月ダムの排砂ゲートから土砂が出される(2020年6月撮影)>

7月1日から七十二侯は、「半夏生(はんげしょうず)」で二十四節気「夏至」の末侯となります。半夏という薬草が生える頃という意味です。

半夏は、烏柄杓(からすびしゃく)のことで、サトイモ科の多年草です。花茎の頂きに仏炎苞(ぶつえんほう)をつけ、中に肉穂花序を付ける独特な形をしています。宇奈月の山で見かける座禅草、水芭蕉、蝮草なども仏炎苞を有し肉穗花序を付けています。仏炎包とは、仏像の光背の炎形に似ている苞のことで、サトイモ科の植物に多くみられます。

この頃に降る雨は、半夏雨(はんげあめ)と言われ、大雨になることがあります。梅雨前線が日本列島に停滞するこの時期に、宇奈月ダムでは増水を利用して堆積した土砂を吐き出す排砂が行われます。

7月1は北アルプス・立山の夏山開きで、夏山のシーズン到来です。立山黒部アルペンルートの室堂平(標高2450m)にある「みくりが池」周辺では、残雪と高山植物の見頃を迎えます。

菖蒲華(あやめはなさく)

<「田渕俊夫:放水」とカッシーナ・キャブチェアー>

6月26日から七十二侯は「菖蒲華(あやめはなさく)」で、二十四節気「夏至」の次侯となります。 菖蒲の花が咲く頃という意味です。 菖蒲は、「あやめ」とも「しょうぶ」とも読めて、梅雨の到来を告げる花として親しまれています。判別方法は、 外花被のつけ根にある網目模様はあやめ、黄色の目型模様は花菖蒲、白色の目型模様は杜若です。

宇奈月公園の花菖蒲は、6月の初めに沢沿いで開花し今は結実となっています。冷たい清水が流れる沢には源氏蛍が乱舞します。月末には各神社では「夏越の大祓」が行われ、茅の輪をくぐって半年間の穢れを祓います。

立山黒部アルペンルートの黒部ダムは、6月26日から夏の行楽シーズンの到来を告げる観光放水が始まります。ダムは、河床からの高さが高さ186mと日本一の壁面を誇るアーチ式キダムで、二箇所の放水口から毎秒7.5トンずつ合計15トンが放水されます。山が色付く10月15日まで毎日実施されます。 豪音と共に噴出する水しぶきで、くっきりとした虹が架かります。

黒部峡谷・セレネ美術館では、田渕俊夫画伯の黒部ダムの放水を捉えた院展出品作品「放水」が展示されています。人間が大自然に挑んで造り上げたダムです。そこから放出される水のエネルギーを巧みにとらえた名品です。