水泉動(しみずあたたかをふくむ)

<水鳥が飛来する黒部川>

1月10日から七十二侯は、「水泉動(しみずあたたかをふくむ)」で、二十四節気「小寒」の次侯。冬至から甦った陽光によって、地面が少しづつ温められる。「水泉」とは、湧き出でる泉の意味で、地中で凍っていた泉水が、ゆるやかながら動きだす頃と言う意味。

出典の中国の宣明暦では「鵲始巣」で、鵲(かささぎ)が巣を作り始める頃という意味。宣明暦は平安時代初期に中国から輸入された暦で、唐の徐昴によって作られた。その後、江戸時代に大統歴、貞享歴と変わり、1754(宝暦4)年、渋川春海によって日本初の宝暦歴に改められた。併せて七十二候も日本の気候風土に合うように改定された。

11日は鏡開き。鏡餅の割れが多いとその年は豊作になると言われる。小寒に入ると雪の降る日が続く。その合間に穏やかな日がある。部屋から眺める黒部川では水鳥が水の流れに乗って移動していくのが見える。本格的な寒さは、これからである。

芹乃榮(せりすなわちさかう)

<正月飾り>

1月5日から二十四節気は「小寒」に入る。この日から節分までを「寒の内」。節分の翌日は立春で「寒の明け」を迎える。それまでは厳しい寒さが続き、「小寒の氷、大寒に解く」と言う故事があるほど、寒さは一層厳しくなる。地元の酒造会社では新酒の仕込みが最盛期を迎える。杜氏や蔵人が朝早くから作業に精を出す。

七十二侯は、「芹乃榮(せり、すなわちさかう)」で二十四節気「小寒」の初侯。厳しい寒さが続くが田んぼや水辺では、芹が生え始める頃という意味。芹は春の七草の一つで、正月7日に七草粥を食べると一年の邪気を祓うとされる。

玄関の正月飾りは、地酒の菰樽に鏡餅を飾りその上に伊勢海老を戴くという創業時からの形である。歳神様をお迎えする際の、目印となる特大の門松も飾り付ける。

新春の延楽ギャラリーは、横山大観「旭日」、安田靫彦「春刻」、児玉希望「雪の橋立」、金島桂華「雪の寒椿」。これからも受け継がれるお正月の室礼である。 本年は、コロナ禍により正月の行事はすべて中止となった。今年こそは、平穏な年であることを願う。

雪下出麦(ゆきわたりてむぎのびる)

<大きな門松>

12月31日から七十二侯は「雪下出麦(ゆきわたりて、むぎのびる)」で、二十四節気「冬至」の末侯にあたる。降り積もった雪の下で麦が芽を出し始める頃という意味。

正月は歳神をお迎えして、もてなしお見送りする行事でもある。門松は歳神様が降りてくる際の目印となるので、太くて長い竹と大松で大きく飾り付けをする。歳神様を祀る期間は「松の内」で1月1日から1月7日まで。

初詣は、宇奈月神社で。延楽から徒歩で6分、セレネ美術館の隣に位置する。昭和2年の創建で、地元の有志と黒部川電源開発を手がけていた日本電力株式会社(大正8年大阪で創業)の支援によるものである。ご祭神は、天照大神、大山祇神、大山久比神である。山の開発には大山祇神は欠かせない。手水鉢は、黒部川支流の尾の沼谷で産出した緑色の巨岩をくり貫いたものである。そこに注がれる水は、黒部の名水で甘露である。

麋角解(さわしかのつのおつる)

<ひっそりと静まり返った、うなづき湖>

12月26日から七十二侯は「麋角解(さわしかのつのおつる)」で、二十四節気「冬至」の次侯にあたる。牡鹿は、繁殖期が過ぎると角が根元から抜け落ち春になると新しい角が生え代わる。麋(さわしか)の角が抜ける頃という意味。

麋(さわしか)とはオオジカのことで、かつて中国に生息していた麋鹿(びろく)とも言われている。別名「四不像」とも呼ばれ、中国の「蹄は牛に似て牛にあらず、頭は馬に似て馬にあらず、角は鹿に似て鹿にあらず、身は驢馬に似て驢馬にあらず」という伝承からきている。

宇奈月温泉周辺ではカモシカの生息数が年々増えている。冬は冬眠せずに餌を求めて、自分の縄張り内をゆっくりと移動する。樹木の葉が落ちて、山の斜面が雪で覆われた今頃が一番見つけやすい。温泉街から徒歩30分程で「うなづき湖」に至る。雪を纏った黒部の山々が、湖面に写り込む美しい湖である。2001年竣工の宇奈月ダムによってできた山あいの人造湖である。湖畔の雪の斜面を、カモシカが移動するのがよく観察できるポイントでもあり、野生の猿もよく観察できる所でもある。

乃東生(なつかれくさしょうず)

<乃東(なつかれくさ)の花>

12月21日から二十四節気は「冬至」に入る。1年で最も昼が短い日である。「冬至、冬中冬初め」といわれるように冬至は、冬の真ん中で真冬の始まりでもあり、この日を境に太陽が復活を始める。故に冬至を「一陽来復」と言い、物事が良い方向に向かうとされる。七十二侯は、「乃東生(なつかれくさしょうず)」で、二十四節気「冬至」の初侯に当たる。乃東(なつかれくさ)は、冬に芽を出して夏に枯れる夏枯草(かごそう)のことで、この芽がでる頃という意味。

夏枯草(かごそう)とは、宇奈月の山野に自生するシソ科の多年草の靫草(うつぼぐさ)で、花は紫色で直立した茎の先端の密な円柱状の花穂につく。この枯れた花穂が夏枯草で、古くから漢方薬として用いられている。冬至の初侯「乃東生(なつかれくさしょうず)」は、夏至の初侯「乃東枯(なつかれくさかるる)」と対になっている。

12月20日は、「宇奈月温泉スノーパーク」スキー場開が行われた。今年は、例年になく雪が多く、最良の初滑りの日であった。雪の覆われた大地では、乃東(なつかれくさ)の芽が出ようとしている。

鱖魚群(さけのうお むらがる)

<黒部川支流で産卵するサクラマス・婚姻色が美しい>

12月17日から七十二侯は「鱖魚群(さけのうおむらがる)」で、二十四節気「大雪」の末侯にあたる。鮭の群が、産卵のため自分の生まれた川に遡上する頃という意味。宇奈月温泉を流れる黒部川の鮭の遡上は11月で終わる。

黒部川の河口から宇奈月温泉までの間に、サケが遡上するために越えなければならない堰堤がある。それは愛本堰堤である。愛本周辺は黒部川扇状地の扇頂部で、江戸時代に刎橋が懸けられたところである。黒部川下流域の最も狭い地点である。

現在の愛本堰堤は、昭和44年に流されて同48年に築造された。ここに魚道が設けられている。黒部川は急流河川で流出土砂も多い。その土砂で魚道が度々埋まり、今年も機能しなかった。故に鮭は宇奈月温泉の周辺で見ることができなかった。

ところが桜鱒は、年々数が減少しているものの、支流で確認できる。桜鱒は鱒ずしの鱒である。桜鱒は春に遡上する。春の黒部川は、雪解けで水が増水し、急流となって川幅一杯に堰堤を乗り越えて流れるので、桜鱒は遡上が可能になる。そして夏の期間は、深い淵に潜んでいる。

山の稜線が色づく10月中旬から11月初旬にかけて、黒部川の支流では産卵間近の婚姻色が美しいサクラマスを見ることがでる。この時期の黒部川は透明度が増して、水量が少ないので容易に発見できる。カワガラスが鳴き始めると産卵が始まる。

孵化した稚魚は、降海型と河川残留型に分かれ、降海型は3年かけて桜鱒となって黒部川に戻ってくる。河川残留型は山女魚となる。黒部川ではその稚魚を守るため2月の末まで禁漁となる。

熊蟄穴(くまあなにこもる)

<黒部宇奈月温泉駅から白馬岳を望む>

12月12日から七十二侯は「熊蟄穴(くまあなにこもる)」で二十四節気の「大雪」の次侯にあたる。熊が厳しい冬を乗り越えるために穴にこもる頃という意味。

例年この時季は、シベリアから寒気団が南下し、北陸に大雪をもたらす。本格的な降雪は、二十四節気の「冬至」に入ってからと予測される。

北陸新幹線が、新潟県と富山県の県境のトンネルを抜けて、朝日町の平野部に出ると眺めに圧倒される。左手には新雪に輝く北アルプス、右手には能登半島と富山湾の景色が広がる。その名座と富山湾の深海の高低差は約4千メートル。まさに絶景である。

閉塞成冬(そらさむくふゆとなる)

<雪化粧が美しい黒部の山々>

12月7日から二十四節気は「大雪」に入る。木々の葉はすっかり散り終え、雪の日が多くなる。

七十二侯は「閉塞成冬(そらさむくふゆとなる)」で「大雪」の初侯にあたる。天も地も寒さで塞がれ、本格的な冬到来の頃という意味。宇奈月温泉を取り巻く山々は雪化粧。黒部川の水面近くの名残の紅葉が、季節の移ろいを感じさせる。季節は日一日と真冬へと向かってゆく。

これからの雪景色は、最も宇奈月温泉らしい風情を醸し出す。その雪景色と湯量豊富な温泉と富山湾の海の幸は、芸術家達を魅了した。延楽にゆかりのある川合玉堂、中川一政、小杉放庵、堅山南風、榊原紫峰等の巨匠の作品が館内に展示されている。峡谷に面した館は、雪を愛でるのに最も適したところである。

橘始黄(たちばなはじめてきばむ)

<寒鰤の旨味が味わえる鰤しゃぶ>

12月2日から七十二侯は「橘始黄(たちばなはじめてきばむ)」で、二十四節気「小雪」の末侯にあたる。

師走に入り、橘が黄金に輝く実をつける頃という意味。橘とは蜜柑や柚子などの食用になる柑橘類の総称でもある。古事記や日本書紀にも登場し、万葉集にも多く詠われている。京都御所や平安神宮では「左近の桜」に対して右側に植えられているのが「右近の橘」。

宇奈月温泉では、これから冬型の気圧配置となり、強い風が吹き荒れるようになる。宇奈月温泉は、雪見露天風呂と寒鰤、津和井蟹が味わえる食の季節に入った。鰤しゃぶの旨い季節になる。

朔風払葉(きたかぜ このはをはらう)

<終宴:手塚雄二>

11月27日から七十二侯は「朔風払葉(きたかぜ、このはをはらう)」で二十四節気「小雪」の次侯にあたる。朔とは北の方角の意味があるので朔風は北風のこと。北風が吹いて木の葉を散らす頃という意味。

黒部峡谷鉄道は11月30日で営業終了となる。宇奈月温泉周辺の木々は、まだまだ色濃い紅葉の葉をつけている。山彦遊歩道は、錦色に染まった落葉で綾錦の絨毯を敷き詰めたかのようである。

セレネ美術館の収蔵作品の中に、黒部の落ち葉をとらえた手塚雄二画伯の「終宴」がある。奥黒部の取材を終えて岐路についた時、断崖絶壁の日電歩道にはヒラヒラと落ち葉が舞い落ちる。晩秋の黒部の印象を描いた作品である。

黒部峡谷は初雪と紅葉が織りなす幽玄の世界に入る。